2009年12月06日

会社と社員の関係(会社の辞め方 総括)

以前アメリカで2年働いた経験があるが、カナダのベンチャー企業で2年ほど働いてみて、これはまた色々と学ぶことがあった。

カナダの会社ではリストラで1/3の社員のクビを切るというのも大変な経験であった。それまで行け行けで来ただけに、一生懸命がんばっている社員をばっさり切る様子は信じ難いものであった。
(株式公開してキャッシュは十分にあったのに、である。なんと、その後シリコンバレーのベンチャーを買収する余裕があった。)
リストラを受けた辛そう社員たちの表情がしばらく頭から離れなかったが、直後にオフィス近くの寿司屋でCEOとCTOが楽しそうに寿司を(当然経費で)食っているのを目撃したときには、会社への忠誠心は完全に無くなった。

日本のある営業担当は、非常に成績がよかったが、口が悪く本社に対してずけずけとものを言うタイプであった。会社のためを思っての発言ではあったので、みんな言うことを聞いていたが、本社からは実は嫌われていた。
この人は結果を出していたのだが、このリストラであっさりクビになった。

日本のあるセールスエンジニアはすごい働きっぷりだった。朝から夜中まで、週末も含めて何年もまったく休みなく働いていた(勿論残業代や休日手当てなどない)。おかげで日本のクライアントからは非常に好評であった。
ここまで会社のためにがんばるって凄いと私も思っていた。彼はそのリストラは乗り越えたが、その後本社のマネージャーと喧嘩になった後、日本の売り上げ低下の理由にされてクビになった。

これらの経験は私にとっても相当ショックであった。あそこまで必死に働いてくれる人間をこうも簡単にクビにするのかと。
日本市場での失敗は本社の判断ミスにあったわけで、彼らの必死の提言をもっとちゃんと汲んでやるべきだったという思いが私にもあった。こうなってくると会社への猜疑心は深まるばかりだ。

勿論、ここはCEOやCTOが作った会社であり、彼らの集めた金であるためそれを自由に使うのは彼らの権利であろう。雇われ社員はいくら騒いでも駒にすぎないことを実感した。(これはまあ、日本も北米も同じか。)

そういう状況で、日本関係の残務処理をすべて押し付けられた私としては、辞めるときに一矢報いてやれて本当にうれしかった。

そこで改めて思うのは、会社も社員も非常にドライな関係であるということだ。
家族を犠牲にして、自分を殺してまで会社のために尽くす人はほとんど見たことがないし、いても前述の日本人たちのように、だめと見なされるとあっけなくクビとなる。

会社は必要な人材を必要なときに集めて使う。要らなくなったら切る。それだけだ。切るときのために、契約書は会社に有利な内容になっている。それを目くじら立てていると採用されないだけである。
カナダの社員は、会社のそういうアプローチを知っているので、普段から会社からの要求以上のことに深入りしないし、会社に人生を預けたりしない。
そこにあるのは給料、ストックオプション、プロモーションへの期待である。出世すれば次の会社でいいポジションに着きやすいというだけだ。

Javaの有名なフレームワークにSpring Framework(JBoss Seamも)というのがある。オブジェクト間の結合関係を弱くして、変更、追加を容易にするデザインパターンがベースにある。

1. 以前のJavaのコードでは必要な機能を、その機能を使いたい人が、呼び出して、利用するという流れが普通だった。
conventional.jpg
2. SpringによってDI(Dependency Injection)が可能になり、必要な機能を必要に応じて変更、追加して注入することが可能になったのである。
injection.jpg
(Spring in Actionより)

ここで思ったのは、日本企業の雇用スタイルは今でも1が主流であり、北米企業は2が主流になっているのだ。

1では社員オブジェクトの実装手順やロジックを作り上げるのも会社オブジェクトの仕事なのである。依存関係は深くなり、取替えは難しくなる。そのため全然違う機能を無理やり追加実装して、スパゲティコードになるリスクもある。ユニットテスト(評価)もしにくい。

2の雇用関係では会社と社員の間にあるのはインターフェース(契約書)だけということになる。社員クラスのインターフェースには
createProduct()
sellProduct()
などのメソッドがあるだけで、その実装自体は使う側は気にすることはない。テストもしやすい。

2の仕組みはまだまだ日本では受け入れにくいだろうが、北米ではうまく回っているし、滅私奉公によって死ぬような思い(を強制されること)にもならない。
個人は自分のインターフェース(=スペシャルティ)がはっきりしているので、他の会社オブジェクトからも使いやすい(転職しやすい)。

一方で1の会社オブジェクトべったりの社員オブジェクトは機能も不明確であり、会社特有の機能に依存していたりしているため、再利用は難しくなる。精々35歳以下という会社依存性の高い実装が少ない場合だけ、再利用可能となる。

会社の業績がいいとき(ソフトウェアが要求仕様を満たしているとき)は、1も2も大して変わらないが、業績が傾く(仕様変更が必要になる)と1は硬直化していて動きがとれなくなる。そのしわ寄せが社員オブジェクトへかかるのである。(エンジニアに営業とか。)
2は会社にとっても社員(と家族)の幸せのためにも、柔軟で対応しやすい仕組みだと言える。

そのためにはインターフェースの定義(契約書、ジョブディスクリプション)とその正しい運用(誤用されたら辞める、訴える)が重要であることは言うまでもないし、社員オブジェクト側も会社オブジェクトに対して、対等に独立したオブジェクト(POJO)として振舞うことが重要なのである。そこで、会社と対等にやりあう手段が弁護士だったりする。(会社側は当然弁護士を雇っていて、解雇に関して不利にならないように条件をつけている。)

成熟した社会においては、このLoose Couplingがベースになっていることを理解し、振舞うことが重要なのかもしれない。ソフトも就職も。

Spring in Action

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Spring2.0入門 Java・オープンソース・Web開発自由自在

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JBoss徹底活用ガイド ーJava・オープンソース・JBoss Seam・JBoss AS

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posted by りもじろう at 03:25 | Comment(3) | TrackBack(1) | カナダの生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月04日

会社の辞め方 その3

すぐにグラハムに面会にいった。

私「クビになってきました。これで移住費用も返さなくていいし、退職金も出たしよかったです。」

グラハム「うん。それは当たり前だ。さて、この契約には問題がある。」

私「一般的な雇用契約書だと思いますが。」

グラハム「まず前も話したとおり、会社側はカナダの退職金に関する規定を君にちゃんと説明していない。」

私「でも、サインしたら理解しているという意味じゃ?」

グラハム「会社側は説明責任がある。理解していないものにサインをさせても無効にできる場合がある。」

私「なるほど。」

グラハム「さらに、彼らにとって最大の失敗は、その日付だ。」

私「ええっと、私がカナダに来て最初に出社した日ですね。」

グラハム「君は、日本にいるときに、本社に雇用されて、会社都合で移住しているね。」

私「はい。まあ、私の希望で移住したんですけど。」

グラハム「会社が費用をもっているんだから会社都合だ。」

私「それが問題ですか?」

グラハム「このドキュメントにサインしているのがカナダに来てからということは、カナダにくるまで解雇条件を知らされていなかったことになる。」

私「そうなりますね。」

グラハム「それまで作り上げた人間関係を切り、子供たちは学校をやめて、荷物を全部送り出して、わざわざ会社都合で移住させられた。
もし解雇条件、ここではカナダの最低基準である給与の2週間分しか保証されないことが事前にわかっていたとしたら、果たしてカナダまで来ただろうか。
法廷でそう話せば、この契約は間違いなく無効とみなされる。」

私「おー。なるほど!しかし法廷でって、大げさな」

グラハム「まあ、法廷で争うことはほとんどなくて、相手が妥協案を出してくるだろう。
通常カナダの慣例では数ヶ月の給与分を退職金として請求できる。君の場合は帰りの引越し費用やその他の経費もだ。」

出された請求書を見ると、さらになんだかよくわからない費用も一杯請求項目に入っている。

私「すばらしい。じゃあ、それでお願いします。」

ちなみに弁護士費用は、かかった時間で時給計算で勝ち負けに関係なく支払う方法と、勝った場合にのみ何割かを弁護士がとっていく方法がある。
私は後者を選んだ。そのほうが弁護士ががんばってくれそうな気がしたからだ。

1週間後、

グラハム「会社が、退職金と規定の引越し費用の上限額を払うと言ってきた。」

私「おお!ありがとうございます!」

グラハム「それで、これ以上の負担は飲めないといってきた。こちらの請求額を全額要求するなら、法廷まで行く可能性があるので、一年ぐらいかかるだろう。」

私「それだけ出るなら十分です。一年も会社が持たないかも知れないので。」

グラハム「まあ、これに家族全員の帰国の旅費相当額ぐらいは追加請求できるだろう。」

私「そうですか。では、お願いします。」

グラハム「確かに会社の経営が厳しいようだから、そのぐらいで受けるのがいいだろう。」

後日、会社側は家族の旅費分も認めるといってきた。
というわけで、移住費用を返すどころか帰りの費用を規定の全額出してもらえることになった。
費用返せという条項がなければ起こらなかったまさかの展開。いやーありがたい。

それにしても、グラハムは顧客ごとに異なる状況で持ち込まれる案件を、的確にかつ、瞬時に(あの、つまらない雇用契約書を見て!)勝敗を判断したのだ。
弁護士業ってすごい。これぞ知的労働という感じである。

グラハム「おめでとう。Good Luck!」

ほれたぜグラハム。





posted by りもじろう at 08:44 | Comment(8) | TrackBack(0) | カナダの生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月02日

会社の辞め方 その2

グラハム「ただし、自分から辞めてはだめだ。解雇される必要がある。」

私「クビになったら移住費用は払わなくていいんですか。」

グラハム「勿論だ。」

当たり前である。会社都合の解雇なんだから、会社が更に費用を請求できるわけはない。
それだけの話か!?

グラハム「解雇されたらもう一度来なさい。ただし、雇用契約が不履行になるような不正行為はしないように。」

うーむ。
まあ文句言い続けてだらだらやってみよう。
幸い日本向けの大口のプロジェクトが佳境であり、文句をいってだらけるのにいいタイミングだ。インパクトが大きいだろう。

早速次の日から上司に文句を言いまくる。要約すると、以下の調子だ。

私「いい加減、開発業務に戻れるようになりませんか。」
上司「今は新しいプロジェクトが少なくて、開発案件が少ないんだ。今の君の担当プロジェクトは会社にとって非常に重要なんだ。サポートとドキュメント業務も大切だろう。」
私「翻訳は業者に出すべきでしょう。サポートは本来サポート部隊の仕事ですし。」
上司「会社の経営状況は非常に厳しい。なるべくキャッシュアウトを抑えないといけないのはわかっているだろう。サポートは人が足りないんだ。」
私「デベロッパをそういうのに使うことこそコストの無駄じゃないんですか。サポートが少ないのは人を減らしすぎたからでしょう。そんなにコスト抑えたいなら私をクビにでもして、業者使えばいいでしょう!」
上司「...」
どんな提案だ。

そんな調子で、二週間ほどやりあった。
このころ、前職からもらっている委託開発業が忙しく、さらに顧客の要求仕様が大きくなって来ており、早く辞めたくて仕方がなかった。
おかげで自然と会社に来る時間は遅くなり、早く帰るようになった。会社の仕事なんてしてる場合じゃなかった。
個人的にはすごく忙しいのだが、ぐだぐだモード全開である。そのうち客先からクレームが来るようになった。ああ、これは心苦しい。早くクビにしてくれ!

そしてついに会議室に呼び出される。
上司の顔が引きつっている。いやな緊迫感。人をクビにするのってやっぱり嫌なものなんだろう。

上司「君が今の仕事に満足していないのはよくわかっている。残念ながら君に合う仕事を見つけることはできない。今日限りで辞めてもらいたい。」

私(きたー!)「な、なんですって!」

そこへ人事のおばちゃん登場。
人事「10分で自分の持ち物を整理してください。PCに触ることは許されません。」

私(うーむ。映画のような展開。いつでも辞めれるように個人的なデータは整理済みだ。)「そんな、すぐですか。」

人事「契約のとおり、解雇にあたって2週間分の給与が支払われます。ビザコンサルタントに1時間相談する費用も特別に会社が持ちます。」

たった1時間分かい。もう永住権とれてるから関係ないって。
ダンボールに私物を放り込む。(あー映画みたい)

人事「あなたはバス通勤でしたね。今日はタクシーで帰ってもらってかまいませんので、このチケットを使ってください。」

確かに、ダンボール抱えてバスで帰るのは惨め過ぎるわな。
他の人に知られないように会社を出て行こうとすると、前々から今回の作戦を相談していた仲のいいエンジニアがこっちを見てニヤニヤと笑って小さく手を振っている。

こっちも笑いそうになる。
こら、迫真の演技がばれるやろ。

つづく(感動のファイナルへ)

タグ:会社 解雇 雇用
posted by りもじろう at 11:44 | Comment(2) | TrackBack(0) | カナダの生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月30日

会社の辞め方 その1

さて、NZへ引越しを決断したので、まずはカナダの会社を辞めなければならない。
ここで私が入社したときの契約に問題があった。
契約書には、3年以内に自己都合でやめた場合、日本からの移住にかかった費用(引越し、渡航費、ビザ関係費用)を返さなければならないという項目があることである。

こちらとしては永住権取れるまで辞めるつもりもなかったし、2年で会社がここまでだめになるとも思っていなかっため、軽くサインしていたのだ。
会社の業績が悪化して、日本向けのサポートチームをどんどんクビ切りしてしまったため、サポート、ドキュメント翻訳、プリセールスなどでほとんど忙殺される毎日であった。
デベロッパとして採用されたのに、これではあんまりだというのが、こちらの不満である。これは、サポート業務やドキュメント業務を軽視しているわけではなく、自分のスキルを活かせない仕事に不満があった。

そんな状況のため、辞めたからといって費用を返せといわれるのは納得できない。
さっさと先に辞めてしまった、ロシア系カナダ人の友人に愚痴ってみた。すると彼からの反応は、

「いい弁護士を紹介してやるよ。その弁護士は、自分の友達がクビになったときに会社から退職金を何か月分も多く取ってくれたんだ。」

私「え、弁護士?弁護士費用って高いんじゃないの?」

「会社からとるから問題ないよ。勝てない勝負はしないらしいし。」

私「なるほど。それは面白い。」

というわけで、早速その弁護士、グラハムにアポイントメントをとって会いに行った。
痩身にびしっと黒のスーツをきめて、うっすらとあごひげをはやした、渋いおやじであった。

私「シニアデベロッパの肩書きで採用されているのに開発以外の仕事ばかりをやらされていて。これは契約違反じゃないですか?辞めたいんですが。」

グラハム「契約の資料を見せてくれるか。」

私「これです。費用を返せというのがあって。」

グラハム「仕事内容については訴えられない。それは会社の権利だから。それに自分で辞めたら、やはり移住の費用は返さないといけないな。」

私「ああ。やっぱりそうですが。」

グラハム「この会社都合でクビになった場合の条項について説明は受けたか?」

私「いえ。ドキュメントにサインしとろ言われただけで。」

グラハム「サインしたときに、カナダの解雇条件のこの項目の内容について知っていたか。」

私「いえ、知りませんでした。」

グラハム「ふーむ。」 
ここでグラハムにやりとニヒルな笑み。

グラハム「勝てるな。やろう。」

まじか。やけに渋いぞグラハム!

つづく
posted by りもじろう at 12:15 | Comment(1) | TrackBack(0) | カナダの生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月24日

引っ越し決断

まずは0. 引っ越しを決断した。
行き先は当初から考えているNZである。

カナダの生活は非常に快適であったし、近所付き合いもよくしてもらった。子供たちも先生や友達ともうまくいっていた。

なのでここでまた移住するというのは大変難しい選択であった。もうこのままオタワで永住するのでもいいかなという考えもあった。
とはいえ、予てからの夢であったNZ移住を果さずして、このまま落ち着いてしまっていいのだろうか、という思いは消えなかった。

選択肢があるうちに一回はNZで生活してみるのもいいだろう。幸いカナダの永住権も取れているので、だめなら戻ってくることも出来る。

それなりに安定した生活をしていると、きっかけがないとなかなか行動できないものだろうが、これが意外に早くきっかけが訪れた。
1. 会社がやばい。

仕事が激面白くなくなってきた。そもそも会社の存亡すらやばい。こうなると、この仕事に固執する必要はない。そこで転職するとなると、カナダで仕事を探すのとNZで探すのとではほとんど差はない。これが一番大きい理由かもしれない。

2. 家がやばい。

木製の窓枠の老朽化が目立ってきてもう一冬越すのがやばくなってきた。かといって家中の窓を窓枠から変えると相当の費用がかかることが判明。さらにゴルフ場沿いというのも思った以上に危ないことがわかった(遅)。となると、とりあえずこの家から脱出したほうがよかろう。

3. オタワ寒すぎる。

-30℃とか、若いうちはまだいいが、歳をとると多分だいぶ厳しいだろう。さらに魚とかの食材に関しても永住の地としてはちょっと寂しいのが見えてきた。老後を考えると永住の地としては難しいのか。いや、今まで暮らした街のなかではトータルには上位なんだけども。

というわけで、他愛もない理由なのだが、とりあえず念願のNZへ引っ越ししようと決断したのであった。

posted by りもじろう at 18:33 | Comment(3) | TrackBack(0) | カナダの生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月15日

引っ越し!

nz01.JPG

更新が随分開いてしまったが、実は引っ越しをしていたのであった。
勿論引っ越し先はNZである。

そのプロセスはこうだ。
0. 引っ越し決断
1. 会社退職
2. 家売却
3. 家具、車売却
4. 引っ越し荷物梱包、コンテナ積み込み、出荷
5. 移動(カナダ->日本)
6. 実家挨拶
7. 移動(日本->NZ)
8. ホテル住まい
9. 車購入
10. 賃貸アパート探し、入居
11. 娘の小学校、幼稚園入学
12. コンテナ荷物搬入     <--今ここ待ち
13. 不動産探し
14. 家購入
15. 荷物梱包、トラック積み込み
16. トラック荷物搬入
17. 家具購入
18. 引っ越し完了!

というわけで、各々の詳細はまた追って書いていこう。


posted by りもじろう at 11:50 | Comment(10) | TrackBack(0) | ニュージーランドの生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月17日

プロフィール

本名:宮本 宏二郎(みやもと こうじろう)

年齢:40歳

家族:妻一人、娘二人。

所在:日本、アメリカ、カナダを経て、2009年よりニュージーランド在住。

職業:ソフトウェアエンジニア

認定:
- JBoss (Redhat) Certified Developer/Consultant (2005)
- Oracle 10g Certified Associate (2006)
- Sun Java 5.0 Certified Programmer / SJC-P 310-055 (2006)
- IBM Certified Solution Developer - XML1.1 and Related Technologies (2007)
- IELTS 7.5 (2006)

略歴:
1995年大阪大学大学院修了(物性物理工学科修士)。国際宇宙大学(スウェーデン)サマーセッション参加後、ソニー株式会社に入社。半導体プロセスエンジニアからソフトウェアエンジニアに転身。途中アメリカ・シリコンバレーに2年間赴任

2006年、英単語学習無料サービス「やわなん」を立ち上げる。
→ ITmedia Biz.ID『田口元の「ひとりで作るネットサービス」探訪』にまとめていただきました。
→ アエライングリッシュにやわなんモバイル紹介していただきました。

12年勤務したソニーを退職後、カナダのベンチャー企業に2年勤務、現在NZのテレコム系開発会社勤務の傍ら、下請け開発業務もこなし、起業に向けて準備中!
→ ダイアモンド・オンラインにて取り上げていただきました。

2008年にニュージーランドの永住権を取得。
2009年にカナダの永住権を取得。
エンジニア版 大橋巨泉目指します。

ことの顛末は、こちらからどうぞ。

連絡先:kojiro.miyamoto(AT)gmail.com
posted by りもじろう at 08:01 | Comment(2) | TrackBack(1) | プロフィール | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月18日

ベンチャーの末期

2年前に私が入社したカナダの会社は、入社してすぐのころに株式公開した。
そのころは勢いがあった。皆意気揚々としていて、楽しかった。
最初の株価が9ドル。ストックオプションももらった。

それが、2年を経て破竹の勢いで最安値0.25ドルまで下落。
それがこちら。
eStock.jpg

リストラで1/3がクビになったが、その後も毎月のように人が減っていった。他に仕事を見つられる人はどんどん出て行く。私個人の仕事内容も激しく地味になっていった。
課長、部長のように何段もレイヤーがあった組織も直にCEOにレポートすることになってるし。


こちらはリーマンブラザーズのチャート。最後は株価1/20以下に下落。

lehman.jpg
エンジニアはやる気もなくしていて、会社に対する愚痴が増えている。
誰も率先して何かをやろうという気概がなくなっている。いわれたことだけやる。殺伐とした雰囲気。
元いた日本の大企業では常にこの状態だったので、別に驚きもしないが、ベンチャーでは痛い。
この世の中の不景気の中、こっから這い上がる要素はまったく見当たらないのであった。

うーむ。
これはもういよいよだめかも判らん。
 
posted by りもじろう at 22:44 | Comment(5) | TrackBack(0) | カナダの生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月25日

馬鹿を馬鹿として育てる仕組

上の娘が小学校から、成績表をもらって帰ってきた。
幸いまあまあの成績で、英語が不自由な割には、かなりがんばったのではないかと思う。

同じバスの男の子が、成績表を見せてくれたらしい。その子は、普段から授業態度の悪い生徒だったという。

そこには、最低ランクの評価(R)がいくつかあって、驚いたそうだ。
R : The student has not demonstrated the required knowledge and skills. Extensive remediation is required.

小学校なんて、みんな[よくできました◎]の世界じゃないのか!?

さらに興味深いのは、成績表の上部に、
Grade in September : 03

とある。次は3年生ですよ、という意味。あたりまえちゃうんか!?
なんとRが多すぎる子供は同じ学年をやり直すこともあるのだという。
それも制度だけでなくて、実際にいるらしい。

小学校低学年からの留年制度。
一方で、できる子は飛び級もある。

北米では、大学でも入学はしやすいが、ついていけなくなると下のレベルの大学に入りなおすのが一般的、という話はよく聞いていた。

会社に入っても、その本人のスキルと会社の要求があってないとクビになるが、そんな適材適所の文化が小さいうちから徹底されているのであった。

日本で小学校から留年なんてことがあったら、もう一家で夜逃げの勢いだろう。
学校では出来ようが出来まいが、年齢だけを尺度にして同じところにいれて勉強させるし、会社でも年齢ごとの昇給を基本としてきた。
そういや、前職の会社でも「成果主義」をうたって、評価も6段階ぐらいにしても、ほとんど全員真ん中に集中して、せいぜい±1みたいな分布だったし。なるべく穏便にという配慮。

そうした日本のやり方とは正反対にあるのが、小学校の成績表でもわかる。

留年する子供にとっては大変つらいことであろうが、彼らは小さいうちから世の中にある「現実の厳しさ」に正面から向き合わされているのであった。

タグ:教育
posted by りもじろう at 00:08 | Comment(5) | TrackBack(1) | カナダの生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月12日

無趣味のすすめ その2

以前、村上龍氏の「無趣味のすすめ」について書いたことがあった。

光栄なことに、このエントリーについて、幻冬舎の石原正康氏から、「無趣味のすすめ」本の出版にあたり、広告に使わせてもらえないか、というお問い合わせをいただいた。

残念ながら、当方の返事が遅くなってしまって、これは実現しなかった。にもかかわらず、直後に一筆添えてカナダまで一冊送っていただいた。

これほどの立場の人が、私のようなブログの話で、直接メールで問い合わせいただき、本にも一筆添えて、などという細やかさには大変驚いた。
これがプロの仕事なのだなあと、変なところに関心した次第である。
無趣味のすすめ
さて、本を読んだ感想である。
日本にいたころにGOETHEですでに読んでいたエッセイも多かったのだが、改めて読んでみても、やはり非常に現実的な話であり、今でこそ、この金融危機で多くの人が気付かされたことが、随分と早くから指摘されていたのだということに感心するばかりであった。

納得した話の一つに「語学の必要性」というのがある。

「一生安泰な仕事や資格やスキル」という幻想を求める傾向がある。残念ながら、そんなものはないとまず自覚すべきである。」

「語学の習得は、得るものが大きく非常に重要で有用だが、それはその人の人生を「やや有利」にするだけという当たり前の事実に気づくべきである。」

その通りだと思う。自分は十代になって多くの時間を英語(さらに、大学でのドイツ語)に費やした。そしてそれは非常に非効率であったことを認めざるを得ない。
自分の子供たちには、その歳その歳で、もっとも有益なことに時間を使ってもらいたいのだ。

小学校で英語の授業を週に何回かやったり、レベルの低い中学高校の英語教師のもとで英語の勉強をだらだらとやったりするのは明らかに時間の無駄で効率が悪い。

たかが英語のために、そんな無駄な時間は費やしてほしくないという思いがあった。

「後悔のない転職」という話のなかで、

転職が合理的なのは、基本的には、高度専門職、つまりはスペシャリストと、著しい実績を持つ人だけだ。

とある。当たり前である。こちらのエンジニアはそれしか考えていない。日本で今、正規雇用の流動化が叫ばれているが、これに対応できる人は大企業には少ないだろう。
いいにくいが、私のような自ら辞めたエンジニアに前職から今だに開発の仕事をいただけるのは、そんな事情であり、私にとってはありがたいことではある。
本当に大企業がおっさんホワイトカラーのクビ切りを始めたら、すごいことになるだろうなあ、自殺者数とか。
これはもう既得権益を得たと信じていたフランス革命前の貴族みたいなものかな。趣味とか暢気にやってたわけで、最後はクビ切りで終わると。ああ「無趣味のすすめ」。

posted by りもじろう at 11:17 | Comment(11) | TrackBack(1) | カナダの生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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