2010年05月25日

『英語の早期教育を進めるべきだ』に賛成

英語の早期教育を進めるべきだ - 小田切尚登
こちらのエントリーを読んで、まったく私も同意見である。
勿論そうでなければ、私自身英語圏の国に移住して、子供を現地校に通わせたりはしない。
1)外国語を早い時期、例えば小学生時代から学ぶと、言語能力に悪影響が出る。
カナダでも首都であるオタワでは、英語とフランス語の早期教育を進めている。すばらしいのは、英語が母語の人は小学校低学年からフランス語で授業が受けられるが、高学年になってから、という選択も可能なことである。
母語がしっかりと根付いていない子供の場合や、言語能力の差によっては、低学年から複数の言語を習得するのが難しい場合も見受けられた。なので、そういう子供の場合は、低学年では一日一時間のフランス語の授業から始められる。
こういう選択肢が用意されれば、母語形成の妨げになるという問題は解決するであろう。

一方で日本の小学校の英語教育で、週に数時間の授業というのは、多分ほとんど意味が無いだろうし、それでは早期教育とすら呼べないだろう。やるならシンガポールやカナダ、ヨーロッパのいくつかの国のように徹底的にやるべきだ。
2)外国語が下手でも日本人は立派にやってきたし、やっていける。
.. 良いものを作っていれば黙っていても海外から製品を買いに来る、
私がソニーにいたときも同じ意見の人は結構いた。ある部門長なども、
「英語なんて下手でも通じりゃいいんだよ。」
といって意味不明の英語を手振り身振りで堂々と喋っていた。

しかし、それはあくまでもソニーの看板があってこそ話を聞いてくれるのである。
普通にあの程度の英語しか喋れない人が営業しに行っても、誰も話を聞いてはくれない。
我々の子供たち世代が仕事をするころに、下手な英語を打ち消すほどのブランド力のある会社が存続しているとは限らない。
3)英語が必要なのは日本国民の一部だけなので、それ以外の一般人は英語を習う必要がない。
仕事の選択肢が広がるという意味では全員必要かと思う。
しかし仕事に活かすとなると、中途半端な英語力ではこれからますます意味がなくなってくるであろう。
なので仕事の選択肢が少なくてもいい、日本語限定で問題ないという特殊な環境の人は、いっそ英語をまったく勉強しなくていいオプションがあってもいいように思う。

幸い8歳と5歳の娘たちの母語である日本語は、今のところ年相応に発達している。日本のテレビなども見られる環境にしているため親以外の日本語もよく覚える。
(クレヨンしんちゃん以外で「おら」っていう日本人には会うこともないだろうし)
補習校での週一回の授業や日本語の教材などでの自宅学習、寝る前の読み聞かせなどをしているのも役立っているようだ。

こちらのエントリーを見ると、NZでは日本語は結構人気があるらしい。
この新聞記事によれば、現在NZ国内のSecondary School(中学・高校→NZにおける外国語学習者の最も多い年齢層)における中国語学習者は約2000人(近い将来5000人には増やそうという思惑があるそうです)だそうで、一方で、フランス語は約27000人、日本語は約17500人というデーターが出ています。
娘たちには中学になって本人がやりたければ、中国語やフランス語を勉強すればいいと思う。そうすればさらに仕事の選択肢だけでなく、色々な文化への理解が深まり人生がより豊かになるに違いない。

外国語習得についての以前のエントリーはこちら
posted by りもじろう at 14:39 | Comment(6) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月11日

ガラパゴス化する日本の開発環境

とある日本企業との仕事で衝撃を受けたことを前回のエントリーで書いたのだが、より驚いたのが、それに対していただいたコメントやはてぶのほとんどが別に驚きもしない、うちもおなじ、というものだった。
・いや、おそらく日本では普通だと思います。
・そもそも人事部が採用する時に、技術スキルの高い人は取ろうとしませんし、ユニットテストのような基礎知識さえも全く知らない人が大半を占めます。
・見直すための工数は悪、辻褄合わせるのが正義。
・以前、某ERPパッケージの下請けで働いていましたが、テストを手動でやり続けるのに嫌気がさして、辞めました。あれは鬱になる...。
・日本では専門家を軽視して、「ビジネスゴールを最優先して考える俺は偉い。技術馬鹿、専門馬鹿とは違う」っていうタイプの人材が評価される組織が結構多いのですよね。
・あるあるすぎて、笑えない。
・請負的な開発はこういった傾向が強いと思う。残念ながら。
・全部該当しててどうしていいかわからないw
・プロのプログラマーって、存在しないからな。キャリアがそもそも確立していない。
・あぁ、似た様な状況が嫌で撤退する自分としては、どこに行っても同じなんだなと痛感するとともに、もう少しマシな技術者になろうと思うのであった。
・似たような話はよくある まじでヤバイ
・少なくとも私の周りではよくある話…
どうやら日本のIT企業の多くは同じようなやり方で開発をしているらしい。
前職とその関連企業でも同じような有様だったのだが、あれから何年も経っているのに何も変わっていないということは確かなようだ。

私が今まで関わった会社は日本以外ではアメリカ、カナダ、ニュージーランドでそれぞれ働いた会社と、関わったパートナー企業があり10社程度は開発のスタイルを見てきたことになる。
日本以外のそれらの会社ではほとんど当たり前にやられている基本的なことが、日本企業の多くではまったくなされていないということになる。
勿論各社毎に細かい違いはあるにせよ、ドキュメントを自動生成する仕組みや、ソース管理や、ユニットテストなどがきちんと出来ていないということは皆無であった。マネジメントやアーキテクトが居ないということもあり得なかった。

考えてみるとシリコンバレーには世界中からエンジニアが来ていたし、オタワやオークランドでも同様であった。彼らは自国に戻ったり、他の会社に移ったりすることも多いので、人の行き来によって世界的にスタンダードな開発手法のトレンドというものが構築されていくのだろう。
三カ国を見ただけで全世界的なものとして論じるには無理もあるが、少なくともエンジニアの求人広告を見れば、他国でも同じように人のスキルを見て採用していることが分かるので、そこから開発スタイルが容易に想像できる。

一方で日本の求人広告では
・高卒以上 実務経験ある方・未経験の方、どちらも歓迎
・高卒以上 PCやシステムが少しでも分かれば未経験でもOK!
・経験年数不問
などというキーワードが並ぶ。笑ったのは
・経験10年以上のベテランも歓迎(35才未満)
という意味不明なものまであった。
これでどうやって効率的な開発が可能なのかまったく想像できない。

こうして見ていると日本のエンジニアは国内での流動性は高まっているかもしれないが、国外との往来が相対的に少ないため、開発手法が日本国内で独自の進化をしていっていることがわかる。あるいは昔から何も変化していないともいえる。

若手のエンジニアは現状ではうまくいっていないと感じているものの、それを変えるだけの流れをつくるまでにはなっていない。マネジメント層でこういう現状を理解している人の絶対数が少ないからであろう。

それでも現状が効率的で競争力のあるものなら何も問題ないが、若手エンジニアの怒涛の残業、休出によって成り立っているのであれば、そこに未来は無いように思う。
posted by りもじろう at 08:40 | Comment(14) | TrackBack(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月19日

人材の流動化か囲い込みか

最近、日本のSI企業と仕事をする機会あった。
久々に衝撃的な体験だった。

とあるシステム案件の下請け的開発依頼だったのだが、
1.アーキテクチャがおかしい
ビジネス系の人が直接実装担当のエンジニアに指示を出している。丸投げである。よってアーキテクチャが根本的におかしいのだが修正できない。
アーキテクト不在。

2.ドキュメントが無茶苦茶
基本なぜかエクセルで書いている。読みにくいことこの上ない。さらにバージョン管理が無茶苦茶である。ほとんど読んでも意味の無い古いドキュメントだらけで解読が非常に難しい。アプリのバージョン、開発環境などもドキュメント毎に違っている。ビルドするとドキュメントが自動生成されるなんてことは一切ない。
ドキュメント担当不在。

3.プロダクトのソース管理が無茶苦茶
ソース管理ソフトはつかっているものの、理解不能なブランチに分かれていて同等製品が複数派生している。修正に手間がかかる。
ソース、プラットフォーム管理者不在。

4.ユニットテストのコードがない
ユニットテストの自動化を一切していない。これもエクセルでテスト項目があげられていて開発者がチェックしていく。
テスト担当不在。

5.GUIがひどすぎる
お客にそのUI見せただけで信用度がた落ちである。いくらショボイ機能しかなくてもUI一つでもう少し印象が変るのに実装エンジニアのセンスそのまま。
デザイナー不在。

6.ざっくりなマネジメント
形だけのマネジメントは存在するが、根性論だけで根拠もなく工数見積もりXXヶ月となる。上記のような問題点は不問であり、ざっくり勝負。
マネジメント不在。

そのシステムの開発オリジナルメンバーが転職してしまった状況での残務処理ということであった。
ここから、日本のIT企業では単純に人材の流動性が高まるとリスクが非常に高いことがわかる。
・アーキテクトが転職した場合、それに見合うアーキテクトをあてがうという流れが自然であるがそれがなされない。恐らくオリジナルの開発グループでも担当が明確になっていなかったので、どういう人をあてがえばいいのかはっきりしないのだろう。

・人が居なくなってしまうリスクを過小評価しているためか、ドキュメントの内容とそのバージョン管理などが非常に疎か。

・マニュアルですべてのテストも開発者がこなしてしまおうというあたり、人使いの荒さが見受けられる。

・ドキュメント担当、デザイン担当、アーキテクトなど担当を明確に設けないため統一感がなく、その時々の担当者の個性が出てしまいプロダクト全体として非常に醜い。

・トップが根性論を持ち出すので、以上のような分析はなされず、新たな対応もされない。
つまり日本式の担当を明確化しないやり方だと、お互いを補完しあう関係が重要なのであり、同一メンバーで最後までやる分にはなんとか回せていけていた。それが人材の流動性が高まることによって補完しあえず、穴だらけになっていく。個々人の個性が悪い方向に作用していってしまうのだろう。
かといって終身雇用の囲い込みが難しくなっている現在、責任範囲の明確化を進めるのか、囲い込みを再度強化するのか(可能なのかは不明だが)選択せざるを得ない状況なのではないだろうか。さらに責任範囲を明確にするのは担当者をただ置くだけでない。その担当がその道のプロとしてやっていくことを担当者も会社も覚悟しなければならないのである。

私が関わったこの会社がたまたま酷かったのであり、他の会社はもう少しうまくやっているといいのだが。
posted by りもじろう at 14:06 | Comment(6) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月12日

ソフトウェアのアウトソース

渡辺千賀さんのエントリーにはシリコンバレーではアウトソースが間に合わないのでどんどん内製していくという話が紹介されている。
最先端のウェブサービス開発の現場は、とてもアウトソースなんかできない状況になっている。「仕様書を文章で作って、それを誰かが作る」なんていう悠長なやり方は通用しない。どんどん機能開発して、どんどんリリースして、ユーザーのフィードバックを元にさらに進化させる、というのを、毎日行い続けないとならない。
私が働いていたカナダのベンチャーもNZのテレコム系の会社も下請け、孫受けである。
どちらもインフラ系のシステムで、業務内容が大規模、複雑で仕様が比較的安定しているためか、仕様書ベースでのシステム納品を行っている。ウェブサービスのスタイルとは違う。
しかし、下請けといっても日本のそれとはかなり違っていることが経験してみて分かった。

・上から下への丸投げはない。
・社員の給料は上も下もそれほど変らない。
・勤務時間も変らない。
・休日数も変らない。
・上から下、下から上への人の異動(転職)も頻繁に起こる。
・なので上だから偉いと勘違いして威張っている人もいない。

下へ行くほどコンポーネント開発であり、上にいくほど設計規模が大きくなるという守備範囲の違いがあるだけだ。

というわけで下に行くほど奴隷的扱いの日本式下請けとは随分と違う印象である。
そのため仕事がほしいから、何が何でも安く受注するということもなく、価格以外にシステムのアーキテクチャ、パフォーマンス、メンテナンス性などの性能ベースに他社と競争することで受注競争に勝つというスタイルである。
NZの会社は自分たちのシステムをシンガポールなどに売り込みにいったりもしており、現在の発注会社べったりというわけでもないし、人の派遣などもない。

従業員が上も下もほぼ同等の扱いなので、安く受注して死ぬほどサービス残業させるというスタイルで仕事を押し付けられない。
そんなことをしてしまえば社員は一瞬で居なくなるので経営者にとって、そういう選択肢は存在しない。
なので、受注が減って経営が厳しくなると上だろうが下だろうがレイオフするだけだ。

会社間も会社と社員の関係もあくまでも疎なのであった。

posted by りもじろう at 09:56 | Comment(2) | TrackBack(0) | ニュージーランドの生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月01日

NZでもワーカホリックが増えている?

NZheraldで「Kick a nasty work habit」という記事があった。
ワーカホリック(仕事中毒)について取り上げている。
NZでも不景気のおかげで1/3の人が一年前より労働時間も長く、ストレスを感じるようになっているという。

記事中ワーカホリックの特徴として出てくるサインは
一日中携帯をつけっぱなしにして家族といるときでも仕事を優先している。
疲れているのに、自分ができる以上のことを引き受けてしまう。
残業してしまう。しばしば週末まで。
家でも落ち着かなく、リラックスできない。
人に生活パターンが不健康と言われた。
マネージャーに仕事の優先度を付けるように言われる。
子供の成長過程での重要な事柄を見逃している。
重要なのは労働時間では無く生産性を上げることだと指摘する。
まず自分がワーカホリックになっているということを自覚するのが重要である。

ワーカホリックに打ち勝つには
自分の最重要のキータスクを上司と確認する
仕事を離れて休みをとれるように友人とスケジュールをたてて、それを守るようにする
ジムに入りなおしてトレーナーにコミットメントする
家では携帯を切ってメールが届くのを見ないようにする
日々考える時間を確保する

一生懸命働くことと、ワーカホリックになることは別だと指摘する。
ワーカホリックは強迫観念によってもたらされている。
ワーカホリックは中毒性の行動である
効率は落ちる
高血圧などの症状がでる
日本では一年に1000人過労死で死んでいる
もしそこから抜け出したいなら問題を認識する必要がある
The problem is said to be so bad in Japan that there's even a name for death by overwork - karoshi. Some people think it causes 1000 deaths a year.
悪化すると最悪死に至る。日本では働きすぎによる死を過労死と呼んでいて年に1000人が死んでいると考えられている。

NZの人にとっては過労死という名前があるのが驚きであるようだ。
posted by りもじろう at 07:38 | Comment(1) | TrackBack(0) | ニュージーランドの生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月31日

市場主導の食料自給率向上はあり得ないのか

日本では食糧自給率を上げるべきかについての議論があるが、市場競争力があって自給率が上がるなら誰も文句は言わない話なのであろう。

NZでも、補助金による強化か、市場主導かという選択に迫られたことがあったらしい。原文
Dairy farming in New Zealand wasn't always this sophisticated. But ever since a liberal but free-market government swept to power in 1984 and essentially canceled handouts to farmers - something that just about every other government in an advanced industrial nation has considered both politically and economically impossible - agriculture here has never been the same.

1984年に政府による補助金の停止により、市場主導に移っていったとのことだ。

農政農協ニュースの記事
一方、大臣コミュニケでは各国が「国内農業生産」を強化することの重要性も強調したが、これについては「市場主導と、補助金付きの政策主導の生産強化とでは大きな違いがある」と指摘。この議論の背景には、今回の議長国だったニュージーランドで1990年代に進んだ市場主義的改革の成果が強調されたという。
 議長を務めたカーター農相自身が農業者で「構造変化や混乱も起きたが、生産は伸び、補助金なしで農家の生活は安定した。古いやり方に戻りたい農家はいない」という考えが示されたことを披露、貿易も含めて自由化を前提にした国内生産の強化が食料安保につながるという議論だったことを強調した。
農協発信という、まさかのブラックジョーク。

義父が富山で兼業農家をやっている。
やはり飛び地の小さな田んぼを、年に数回しか使わない高価な農機具を使って稲作をしているのを見ると、改善の余地がある気がしてならない。
富山は平野が広く、素人目には大規模化しやすそうに見える。
酔った勢いで、義父と効率化について議論しようとしてみたが、これまで何度も激しく否定されてきた。

しかし、米は確かにうまいのだ。NZで食べる米に比べるとそれはもう圧倒的な違いである。
効率化と高付加価値で、市場主導で成長する余地は本当にないのだろうか。

ところで、先日「JA高岡ニュージーランドxxの旅」みたいな観光バスが二台、信号待ちの私の前に止まった。
「お、高岡か。」と思って中を眺めていると中のガイドさんが何故か私に会釈。
私もつい会釈して返すと、近くのおばちゃん、おじちゃんが私に手を振って来た。つい私も振り返すとバス中全員で! いやいやいや。

若者の海外旅行離れという話は聞くが、この年代の方は海外でも元気でいいですね!(経済的に)

よく聞くNZの食料自給率が300%という数値は都市伝説らしいが、引用元
穀物以外の食料(肉類・酪農品や野菜・果物といった農産物)をみてみると、国内消費と比較して肉類・酪農品で何と20倍、農産物でもほぼ同額が輸出に回されているからです。
肉類・酪農品は2000%ですと。まあそりゃそうか。
有事の際だろうが、農産物を誰も買ってくれないと困る国もあるということは確かである。
posted by りもじろう at 14:53 | Comment(0) | TrackBack(0) | ニュージーランドの生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月22日

終わってる企業

ikedanob
東大生ってバカだね。このベスト10の会社は、みんな終わってるよ:大学別就職人気企業ランキング(東京大学編)http://bit.ly/dqhCdF

kigyo_tokyo.jpg
そしてわが母校大阪大学はこちら。
kigyo_osaka.jpg

ソニー相変わらず人気ありますなあ。

posted by りもじろう at 17:09 | Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月09日

ベーシックインカムとビジネスのしやすさ

NZに来るまでほとんど意識したことがなかったのだが、NZには手厚い手当が各種あるようだ。

市民権か永住権を得て二年以上たつと失業した場合に失業手当てが出る。驚いたのはそれが無期限ということだ。物価上昇に応じて毎年増額されているし。
さらに子供手当て住宅補助も充実している。基本的な医療費もかからない。
10年以上住んでいるだけで65歳以上は年金もでるらしい。

私のように子供二人の夫婦だと、家賃補助なしでも月2000ドルちょっとになる。余裕のある生活とは行かないが、持ち家の知り合いが普通に暮らして一家族で月3000ドルぐらいの支出といっていたから、切り詰めれば、まあ何とかやっていけるように出来ている。

最低賃金が時給12.75ドルだからフルタイムで一月2000ドルちょっと。
最低賃金で働いているのってどうなの?ということになってしまう。

面白いのは手当ては税金から出ており、日本や北米のように就業期間に失業保険を払うという形ではないのだ。だから永住権をとって二年間生き延びれば失業手当がもらえるようだ。
勿論国としても色々手を講じて、仕事に復帰するようなプログラムは設けてあるようだし、個人個人で条件があるみたいなので詳細は不明だが。

考えてみると街中でホームレスをほとんど見たことが無いのもそのためだろうか。
マオリの人が、たまに道端で「チェンジプリーズ」とかやってるが、どうやったらそんな太れんねん!と突っ込みたくなるようなデブだったりするし。

日本で盛んに議論されているベーシックインカムってまさにこんな感じなのかもしれない。
NZなんて思いっきり債務国なのに。

ビジネスのしやすさランキングで2位(pdf)だったりするが、さらに失業時のこの安心感があれば相当起業したくなる国なのであった。

doingbusiness2010.jpg
posted by りもじろう at 16:33 | Comment(5) | TrackBack(1) | ニュージーランドの生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月25日

日本の製造業の労働生産性は低いのか

私の接してきた北米やNZのエンジニアは、残業も好きでやる以外ほとんど無く、休日も普通に取れて悲壮感など感じさせることは無かった。

日本のエンジニアとなぜこうも違ってくるのかと考えてしまう。総合的に見て個々人の能力にそれほど差があるとも思えない。

日本の労働生産性が低いという話になるのかと思いきや、製造業に関しては別に極端に悪いわけでもない。

3. 日本の製造業の労働生産性(2007年)はOECD25カ国中第14位。ドイツに抜かれ順位を1つ下げる。
日本の製造業の労働生産性水準(2007年)は80,400ドル(947万円)で、OECD加盟国でデータが得られた25カ国中第14位(図4)。
ドイツに抜かれ、2006年の第13位から1つ順位を下げた。先進7カ国でみると米国、フランス、ドイツに次ぐ第4位となっている。
米国製造業の労働生産性を100とすると日本の労働生産性は79。
(->pdf)
ドイツなど寧ろあれだけ休みをとって残業もしないのに、輸出世界一を誇るというのだからさぞかし労働生産性が高いのかと思いきや、日本とほとんど変わらないというのだから驚きだ。

つまり[日本の働きづめの人の労働時間-ドイツ人の労働時間]を誰かが代わりに有給で遊んでくれているということになろう。
労働生産性の低さにビビるのはもうやめようというブログを見ると
さて、労働生産性は、就業者一人当たりの付加価値で計算される、と書いた。失業者はカウントしない。
という点に着目している。
スペインの失業率は19.4%に達し、フランスやアメリカは10%だ。それに比べて日本は、失業率が高くなったとはいえ、未だ5.2%の水準に留まっている。
さらに若年層では、
スペインは若年労働力の44%が失業状態だ。福祉国家で有名なスウェーデンは26.5%。アメリカは19.1%だ。これに対して日本は8.4%という水準だ。

多くの雇用機会を生み出すおかげで労働生産性が落ちているというわけだ。ワークシェアリングである。
転職は35才以上が有利というエントリに書いたが、こちらの若年層エンジニアの就職事情とも合致する。

日本の場合、それ以上に無能化が進む(と元から無能な)生産性の著しく低い中間管理職の労働時間が相当なハンディキャップになっているであろう。
日本での経験も含めて感じるのは、どれだけ無駄に見える会議でも、必ず一人は好きでやっている人間がいて、その人間が決定権を握っている、という点です。演説したいとか、責任を分散したいとか、動機はさまざまですが。会議開きたい症候群が世代によるものか、与えられた地位によるのかはよくわかりません。
Isaoさんコメント

さらにその人たちの設定する無駄な会議にも付き合わないといけないのだから、これでドイツ並みでやれてるのって逆に凄いのかもしれない。
それはつまり、職場内で著しい生産性の違いがあっても同一賃金で働くということが、無意識にせよ一部の人間が耐え忍んでいることで、成り立っているのであろう。

しかし、その残業時間の延長や根性で死ぬまで働くような仕組みでは限界に来ていて、効率化の競争に敗れつつあるのが現状であろう。

池田信夫氏のシステム間移行と宗教戦争にこうある。
いま日本の直面している変化は、人々が自覚している以上に大きなものである。それは伝統的な共同体から日本人が継承した長期的関係によるガバナンスから、近代西欧に特有の契約社会への移行だ。
現代の日本でも、デジタル革命によって労働者を企業に閉じ込める日本型企業コミュニティの優位性がなくなり、20世紀初頭以降、一貫して続いてきた企業の大規模化のトレンドが逆転し始めている。
しかし経済圏がグローバルに広がるときは、両者の効率の圧倒的な差によって、このシステム間移行は避けられない。それはかつては100年以上にわたる宗教戦争を引き起こしたぐらい大きな変化であり、平和裡に進むとは限らない。おそらく日本でも、もっとも大きな変化はこれから来るだろう。

これは避けられないことだと思うし、必ずしも悪いことではないと思う。無駄な人を省くだけで世界一の労働生産性になるのは間違いない。
無能な40歳代以上の人だけ、梯子を外されてちょっと辛い思いをすることになるだけだ。
posted by りもじろう at 15:37 | Comment(2) | TrackBack(0) | ニュージーランドの生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月22日

残業なしで、休みもたっぷり

NZの会社は夏休みが一年で一番長いようだ。夏休みというのはクリスマスから正月にかけてである。
今の会社でも人によっては一ヶ月ぐらい休みをとるし、少なくても二週間は休みだ。

さらに驚いたのは2月に入ってオフィスの中国人たちがいなくなった。
旧正月で帰国するというのだ。彼らは今週から復帰する。

マネージャー「彼らには大事な行事だからね。」

そこまで休む中国人は北米では見なかったが。

勤続年数にもよるが、大体一ヶ月勤務して二日弱の有給休暇が発生するから年間20数日。
どう考えても有給日数は足りない。

聞くと、やはり無給休暇だというが、誰も気にしていない。

感覚的にアメリカ、カナダ人よりも休みが多そうなのだが、このエクスペディアの調査を見てみると、やはりNZはヨーロッパの国々についで休暇が多いようだ。

posted by りもじろう at 13:22 | Comment(3) | TrackBack(0) | ニュージーランドの生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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