2010年09月20日

リストラの感覚

NZの会社に勤めだして数ヶ月経ったときに大規模なリストラがあった。特にシニアアーキテクトなどの上級ポジションの人が半数以上クビになった。私を技術面接したアーキテクトも含まれていた。

このNZの会社ではリストラでクビになっても即刻辞職というわけではなく、人によって1週間から1ヶ月ほどの引継ぎ期間を設けていた。クビになった人にはなんとも切ない期間である。
しかし案外みんな冷静に引継ぎをこなしているのが印象的であった。

これで私としては、アメリカカナダ、NZの会社での大規模リストラを経験したことになる。

さて、日本ではリストラなどの失職などによる自殺が増加しているといわれて久しい。

ひとつの理由として組織からの脱落感を指摘しているブログもある。
これら自殺の共通点は「組織や社会からの脱落感」ではないか。そして彼らは組織や社会や学校という狭い世界が自分の存在意義のすべてだと勘違いしている。彼らは「組織」という機械から外れ落ちた「1本のネジ」と同じだ。
この点は自分でも驚いたことに、自分がカナダのベンチャー企業に転職したときに強く感じたことでもある。
カナダの会社は自分の存在意義を求めるような拠り所ではなく、誰もそんなことを期待していないことに戸惑いを感じたのだ。自分から日本の会社を辞めておきながら、なんともいえない寂しさを覚えたのだ。
だから組織からクビになった場合、自分の存在を見失ってしまって自殺する、という流れは日本社会にどっぷり漬かっていれば想像に難くない。

私が経験した各国のリストラでも、泣いている人や、怒っている人もいたが、大抵すぐに別の会社が決まるので、その後また顔を出しに来たり、営業しにくる人もいて、自殺するメンタリティとは程遠い。
総じて見ていると、日本人の私が経験したことのある精神的ストレスレベルとして近いものは、年に一度の学校のクラス替えの感覚だ。

仲のいい仲間と一緒にいたいと思っていても、そうはいかない少しどきどきする行事である。一方で新しい出会いが新しい発見をもたらすこともある。
エンジニアは同じような業界で働くので、小さな街では前の会社で一緒だった人とまた働くなんてこともしょっちゅうである。仲のよかった、あるいは悪かった友達とまた同じクラスになるような。
学校生活も何年もやっていると気の合うクラス、なじめないクラス、色々あるものである。会社のメンバーのそれも似ている。

ある日本のお偉いさんと呑んでいるときに、こんな話をしたところ、

「そんなんだと会社のために一生懸命働くという感覚がなくなってしまうのではないか。」

と聞かれたのだが、これはむしろ逆だと思う。

クラスは毎年変わるが、だからといって体育祭や文化祭、修学旅行などクラス行事を一生懸命やらない理由にはならない。やらない人もいてもいいと思うが、クラス替えがあるからやらない、という人は少ないだろう。
むしろ限られた期間だと分かっているから、この1年で精一杯やって結果を出そうと思うことが普通なのではないだろうか。

一方で当然ながら、毎年変わるクラスに自分の存在意義を求めたり、しがみ付く人はいない。

そんな感覚で会社が回っているのである。

今となっては、こちらのほうが健全に思えてならない。
クラス替えの後に次のクラスが普通に待っているような社会が。
posted by りもじろう at 18:36 | Comment(7) | TrackBack(0) | ニュージーランドの生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月25日

子供たちはどう学ぶべきか

娘たちの現地校での学習を見ていると、何を学ぶかということも然ることながら、どう学ぶかということも考えさせられる。

小学校3年の娘が最近学んでいるテーマは、南極についてである。カナダでは北極について授業でかなり時間を割いていたのだが、NZでは南極が重要なのである。
1901年にスコットが南極へ向かうディスカバリー号でクライストチャーチ郊外のリトルトン港に着岸した経緯があり、現在も南極探検の基地となっている。

ある期間、授業は南極についてばかりやっている。地理、気候、ペンギンなどの生物学、探検の歴史などを科目を超えて取り組む。
探検家がどうやって南極に向かったか。どういう生き物がいて、そこから何をとって食べていたかなどだ。図工ではペットボトルを使ってペンギンを作成する。

そして宿題にはこんなものが出た。

MenWanted.jpg

1914年に出たロンドンの新聞の求人広告である。南極大陸の端から端の探検を目指すエンデュランス号の乗組員の募集である。
5000人もの応募があったなか、27人が選ばれたという。
Who were these men?
What qualities and skills did they have?
Why were they chosen?

どういう人物が選ばれたのか、どういうスキルがあったのかということを調査し、レポートを作成し、他の生徒にプレゼンテーションしろという。
生徒ごとに違うクルーが指定してある。

その際にクルーの家庭環境はどういうものだったのか、どこで生まれて、なぜ探検に応募したのか、どういうスキルで彼らは選ばれたのかを簡潔にまとめること。写真なども用意すること。レポートはA5サイズにまとめること。各種情報はインターネットで、となっている。

それぞれのクルーの情報量もばらばらだし、これという正解は見出しにくいのだが、それをレポートとプレゼンという形でまとめさせる。

非常に多面的に一つのテーマについて扱うということが興味深いし、娘も毎日南極について学んだことを一生懸命教えてくれる。
考えてみれば世の中、科目のような切り口だけで独立した事象を扱うことよりも、ある問題を多面的に捉える必要性のほうが高いのだから、こういうアプローチでものを学び、考える習慣は意義があるのではないだろうか。


新 13歳のハローワーク
村上龍 はまのゆか
4344018028



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2010年08月04日

日本の行政単位

NZは今年10/1から消費税が12.5%から15%に引き上げられる。他方で、所得税を減税するという。
またタバコ税の10%増税が4/28に行われたが、2011年、2012年の1/1にそれぞれ10%上げることが決まっているという。

こういう話を聞くと、小さい国は動きが速いなあという印象である。NZは日本で言えば静岡県ぐらいの人口規模だ。県議会レベルだ。

カナダの場合も国土こそでかいが、州という小さい行政単位での独自性が非常に印象的だった。
例えばオンタリオ州では酒は州の決めた直営店でしか売ってはいけない。店員は公務員である。なのに車ですぐに行ける隣のケベックにいけばスーパーでも酒が買える。
オタワは公用語のフランス語を小学校から授業に積極的に取り入れているが、他の州ではフランス語をほとんど勉強しなかったりする。標識や信号の形すら違っている。
移民の受け入れについても州別選択移民プログラムがあって、基準が州によって異なっている。つまり貧乏な州は人を集めたいので基準がゆるかったりする。人口3000万ちょっとの国でも13の州に分けて独立性を維持し、それぞれの置かれた環境にあった政策を実行しているのだ。
勿論この独立性のために面倒なこともあるが、アメリカ、カナダで生活してみて、それほど大きな問題を感じたことはなかった。

オーストラリアとNZは相続税を廃止したが、これはかつてオーストラリアのクィーンズランド州が先立って相続税を廃止したため、南部からクイーンズランド州に引っ越す人が増えて、結果的に他の州も廃止していったという。
住む側が自分にとってベストの州を選べるという状況が、地域間での市場原理を生み出すという例だろう。

日本はこうした小さな行政単位とは対象的に中央集権的な運営がされているが、世界的に見て、日本の規模はどんなもんなんだろうか。
population2.jpg

OECD各国の人口順のリスト上位である。(各データはWikipediaより抽出)地方行政区分をみると、上位の大きな国の多くが連邦制(表中青)をとっている。連邦制といえば通常、外交と軍事を除く独立した主権国家の連盟である。
国の次が県の単位の国は日本、トルコ、フランスの順となる。

連邦制でない国の人口と連邦制の国の最大州の州の人口とを比較してみると、OECD諸国の中では、行政単位としては日本が最大といえるだろう。
となると、やはり関わる利権も最大規模ともいえるので、利権に群がる人々は絶対にそれを離したくないであろうことは想像に難くない。
であるからこそ、現在の仕組みが現状から何も変えさせないという壮大なパワーの源泉となっているのであろう。

こういう状況では、地方分権だの、構造改革だの叫んでみても、結局は何も変わらずゆっくりと低迷していくしかないのだろうか。
posted by りもじろう at 08:18 | Comment(0) | TrackBack(0) | ニュージーランドの生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月19日

インフレの国のデフレ

アゴラにデフレは不況の原因ではないというエントリーがあったので、私が今住んでいるNZの物価変動の内訳はどうなのだろうかと思って少し調べてみた。

NZといえば、先進国の中ではオーストラリアに次いで政策金利の高い国である。(現在2.75%)この不景気でもインフレな国と言えよう。

inflation.jpg

6月の消費者物価指数(CPI)は前年比で1.8%増であったが、これにはタバコ税や運送コスト上昇や、電気代、家賃、住宅価格などを含む非貿易財(non-tradable)が多く寄与している。

cpi.jpg

年間で見ると、マイナスは食料品(-0.7%)、AV、コンピュータ機器(-17.5%)、通信費(-2.0%)などが、プラスは国際線航空運賃(+16.1%), タバコ(+9.3%)などが大きい動きだ。

一方、不動産の年変動率は全国平均で+5.2%であり、
annualpropertyvaluechange.jpg

リーマン以降の一時的なマイナス局面はあったものの、現在プラスに転じている。

houseprice.jpg

これは恐らく移民による人口増がかなり寄与しているものと思われる。
annualpopulationchange.jpg

大雑把にいえば、消費者物価はガソリンの値上がりや増税でプラスになっているが商品やサービス自体は下落しており、インフレの国でもこの傾向は日本のデフレと大差ない。移民による人口増によって成長率をプラスに維持できているのであろう。
よって、人口が減少していく状況でデフレから脱出するのは、非常に困難なことであることが見えてくる。

ちなみに最近我が家で買った新製品は、

ファンヒーター $9(約540円)
オイルヒーター $19(約1140円)
oilheater.jpg
子供用自転車 $99(約5940円)
大人用自転車 $119(約7140円)
bike.jpg
である。電気製品などが比較的高いといわれるNZでも、商品のデフレの波は避けられないようだ。勿論、ほとんどの工業製品を輸入に頼っているNZとしては、悪いことではない。



posted by りもじろう at 11:15 | Comment(0) | TrackBack(2) | ニュージーランドの生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月07日

子供たちは何を学ぶべきか

カナダにいたときも、ここNZでも、娘たちは平日は現地校に通い、土曜日に補習校に通っているので、国による学習内容の違いについて、いつも興味深く見ている。
補習校では日本の教科書を使っている。普段は市販の日本の教材も使って勉強している。

日本の教科書は私が子供のころに比べてカラフルになっていて楽しく学べるような工夫がされているのは分かるが、内容については基本的には昔と大差ないようだ。
そこで日本の教材には、どうしても疑問に思ってしまうことがある。

例えば、今娘が勉強している地図記号などそうだ。
mapicons.jpg
http://www.schoolicons.com/

学校で習って以来ほとんど使ったことがないのだが、これを現代において覚える意味がよく分からない。いっそGoogleMapの使い方を覚えたほうが意味がある気がするのだが、どうなのだろうか。

振り返ってみると、古文とか漢文とかもはなはだ疑問である。中身が重要なら現代語訳で読めばいいだけなのではないか。レ点とか、日本独自の読み方を学ぶ意味が分からなかった。
何も実用性がないものは学ぶ意味が無いといいたい訳ではない。言語の成り立ちを学んだりすることは言葉を理解する上で重要であろう。
高校以上の数学だって、論理的思考を発達させる意味において重要であるわけだし。

学習において実用性だけを問う必要がないことは重々承知しているが、脳への刺激が同等に得られるのであれば、実用的なものの割合をもう少し増やしてもいいのではないだろうか。

グローバリゼーションが進むことで、先進国においてはデフレが進行し、失業して生活に困窮することがあらゆる業種であり得る時代である。そんな時代に中途半端な記憶力のトレーニングばかりがどれほどの助けになるのか考えさせられる。

要はプライオリティなのではないだろうか。どんなことだって出来ないより出来たほうがいい。山手線の駅名も全部そらで言えたほうが言えないよりはいいのだろうが、言えたらどうなんだろうか、という話だ。

小学校3年の娘の現地校の課題をみて少し驚いた。
How to write and present an effective speech.
いかにして効果的なスピーチを準備し、表現するか。

We give the Year 3 children the experience of learning and presenting to an audience.
3年生の子供たちに、聴衆にプレゼンテーションをする経験をしてもらいます。

Rules for the speech competition are:
> Children can select their own topic
> Reading, poetry, props and singing are not allowed
> Notes and cue cards are encouraged ( but not read)
> Speeches must be two minutes long
> Content, posture, clarity and performance are very important

弁論大会のルール
>話すトピックは自分で選べる。
>著作物は認めない。
>ノート、キューカードを作ることはお勧め。(でも読んではいけない)
>スピーチはきっかり二分で。
>話の内容、姿勢、明瞭さ、パフォーマンスが非常に重要。

Speeches should include:
> An exciting opening statement
> Key points (the body of the speech)
> Links between ideas
> A summary
> A closing statement which will be remembered by the audience

スピーチで必要なこと
>面白いオープニング
>キーポイント(スピーチの中心となるもの)
>アイディア間のつながり
>結論
>聴衆が記憶に残るような閉めの言葉

Children select a topic that not only interests them but has a wide appeal to an audience.
児童が選ぶトピックは自分が興味のある話というだけでなく、聴衆に広く興味を持たれるものであること。
小学校3年生だと人前で喋るだけでも中々緊張してうまく出来ないような年齢だろうに。内容は私が会社の研修で初めて受けたものと同等レベルだ。
娘はこのお題目に向けて特訓中である。ひたすら一生使わない事柄を暗記する勉強と、どちらがこれからの人生に役立つのか、考えさえられる教材なのであった。

ちなみにNZの学校にはカリキュラムはあるが規定の教科書はなく、学校、先生の裁量でこうした課題が設けられるのも面白い。


posted by りもじろう at 09:14 | Comment(10) | TrackBack(5) | ニュージーランドの生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月10日

欧米でウォシュレットが流行らない理由

今更ながら欧米諸国でウォシュレットが流行らない理由が分かった気がする。

まずトイレに電源がないとかそういう技術的な問題は置いておいて。

カナダの家を売るときに、ウォシュレットをそのまま置いていってもいいというようなことをエージェントやバイヤーに言ったものの、悉く
「病人の家みたいに見えるから元に戻せ」
とまで言われた。

彼らの生活パターンをみると、驚かされることは多々ある。
オタワでは冬-30℃にもなるのだが、たまに0℃を越すことがあると、Tシャツで外を闊歩する輩が現れて驚いた。
で、ここNZでも家の中でセーターを着込んでいても寒いくらいなのに、半そで半ズボンで歩いている人も沢山いたりする。

小学校に行くと、そんな寒い状況でも子供たちは半そで半ズボンで雨の中ボトボトになって、朝からサッカーやラグビーに興じていたりする。
その雨にぬれた格好で一日過ごすのかと考えただけでぞっとする。それを見ても親や先生も何も言わないのだ。
送り迎えのお父さんも雨の中傘もささずにTシャツだったりするから当然である。
少しの雨で傘をさすのは格好悪いらしい。

半そで一枚の子供に聞いてみた。
「君、寒くないの?」
「え?あなた寒いの?」

日本で見かけたら、どんなスポコンものなんですかといいたい。肺炎になって感動ドラマですかみたいなレベルだ。多分日本のドラマや映画のそんなシーンを見ても、彼らには意味がわからないだろう。
裸足の子供もいる。泥水だろうが関係ない。そのまま家にも上がる。上も下もない。

こちらの国際結婚した奥さんたちにそんな話をすると、ほとんどが、
「ああ、ちょっと頭おかしいのよ。」
と指を頭の横で回して笑っている。

反対に日本人は彼らと比べると神経質だし、虚弱体質に見えているのかもしれない。

なので日本人が作った神経質な日本の製品が、必ずしも受け入れられるわけではないのである。本質的に不必要なものは売れないのだ。
けつが少しぐらいどうなろうか知ったこっちゃないのである。

ちなみにNZで売られているウォシュレットは、ほとんど韓国製だったりするので、我が家のもそれである。(ウォシュレット、シャワートイレは商標なので厳密にはなんと呼んでいいかわからないが。)

これは軟弱な東アジア人にしかわからない世界なのかもしれない。
posted by りもじろう at 19:53 | Comment(8) | TrackBack(0) | ニュージーランドの生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月02日

電子書籍とグローバリゼーション

NZという田舎の国に住む身として、書籍のデジタル化が進むのは大変ありがたい。
なぜなら、NZには日本やアメリカの都市にあるような大規模な書店がないのだ。
なので専門書を立ち読みして買うということはままならない。思えば、カナダの首都オタワですら大規模な書店はなかった。

じゃあ、ネットで買えばいいだろうということになるのだが、なんとNZにはAmazonの拠点がないし、同等のサービスもない。
これはNZに来るまで考えもしなかったことだった。アメリカ、カナダ、日本での生活で普通に利用していたので、Amazonぐらいになると世界中で展開してるんだろうぐらいに勝手に思っていたのだ。

調べてみると、Amazonが拠点を構える国は案外少ない。
ここで見ると拠点はたったこれだけだ。
アメリカ、カナダ、ルクセンブルグ、イギリス、アイルランド、フランス、ドイツ、ルーマニア、中国、インド、日本、シンガポール

その他の国の人は近隣の国から取り寄せることになるのだろうが、コストも時間もかかる。オセアニアはオーストラリアにすらAmazonはない。

カナダに住み始めたときに驚いたのは、Amazonが本しか扱っていなかったことだ。最近になってやっと電気製品を扱うようになったぐらいだ。アメリカの隣の先進国に対してでも、Amazonの展開はそんな程度だったのだ。
つまり読みたい本がすぐに手にとって確認できたり、ネットで買えるという当たり前に思っていた状況は、世界的に見ても恵まれた特異な環境であったということに今頃気づいた。

読みたい本がすぐに読める状況というのは、日本やアメリカの都市にいると当たり前のことなのだが、NZやカナダの田舎町にいると諦めるしかなかったのだ。
なので私がよく読むのはmanningのpdf版であった。
まして日本語の書籍であれば、海外にいては船便で1-2ヶ月かけて購入するものであった。

テレビやニュースや音楽はネットで問題なく利用できるようになっている現在、書籍こそが最後の遠い遠い、それでいて一番重要なメディアであったのだ。

つまるところ、書籍が電子化されるということは、今までアクセスしたい情報にたどり着けなかった多くの人たちが同時に情報を共有できることを意味する。書籍の情報はネット上のものとは違う集積度があるので、やはりそこへのアクセス性の向上は非常に重要な意味をもたらすと思う。
英語を中心とした書籍の情報が、世界中に瞬時に広がっていく時代になったということである。

情報の共有化においてもグローバリゼーションは加速し、地理的優位性はフラットな方向に進んでいくのであろうなあと、iPadの未だ売られていないNZで思うのであった。

posted by りもじろう at 18:40 | Comment(1) | TrackBack(2) | ニュージーランドの生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月12日

ソフトウェアのアウトソース

渡辺千賀さんのエントリーにはシリコンバレーではアウトソースが間に合わないのでどんどん内製していくという話が紹介されている。
最先端のウェブサービス開発の現場は、とてもアウトソースなんかできない状況になっている。「仕様書を文章で作って、それを誰かが作る」なんていう悠長なやり方は通用しない。どんどん機能開発して、どんどんリリースして、ユーザーのフィードバックを元にさらに進化させる、というのを、毎日行い続けないとならない。
私が働いていたカナダのベンチャーもNZのテレコム系の会社も下請け、孫受けである。
どちらもインフラ系のシステムで、業務内容が大規模、複雑で仕様が比較的安定しているためか、仕様書ベースでのシステム納品を行っている。ウェブサービスのスタイルとは違う。
しかし、下請けといっても日本のそれとはかなり違っていることが経験してみて分かった。

・上から下への丸投げはない。
・社員の給料は上も下もそれほど変らない。
・勤務時間も変らない。
・休日数も変らない。
・上から下、下から上への人の異動(転職)も頻繁に起こる。
・なので上だから偉いと勘違いして威張っている人もいない。

下へ行くほどコンポーネント開発であり、上にいくほど設計規模が大きくなるという守備範囲の違いがあるだけだ。

というわけで下に行くほど奴隷的扱いの日本式下請けとは随分と違う印象である。
そのため仕事がほしいから、何が何でも安く受注するということもなく、価格以外にシステムのアーキテクチャ、パフォーマンス、メンテナンス性などの性能ベースに他社と競争することで受注競争に勝つというスタイルである。
NZの会社は自分たちのシステムをシンガポールなどに売り込みにいったりもしており、現在の発注会社べったりというわけでもないし、人の派遣などもない。

従業員が上も下もほぼ同等の扱いなので、安く受注して死ぬほどサービス残業させるというスタイルで仕事を押し付けられない。
そんなことをしてしまえば社員は一瞬で居なくなるので経営者にとって、そういう選択肢は存在しない。
なので、受注が減って経営が厳しくなると上だろうが下だろうがレイオフするだけだ。

会社間も会社と社員の関係もあくまでも疎なのであった。

posted by りもじろう at 09:56 | Comment(2) | TrackBack(0) | ニュージーランドの生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月01日

NZでもワーカホリックが増えている?

NZheraldで「Kick a nasty work habit」という記事があった。
ワーカホリック(仕事中毒)について取り上げている。
NZでも不景気のおかげで1/3の人が一年前より労働時間も長く、ストレスを感じるようになっているという。

記事中ワーカホリックの特徴として出てくるサインは
一日中携帯をつけっぱなしにして家族といるときでも仕事を優先している。
疲れているのに、自分ができる以上のことを引き受けてしまう。
残業してしまう。しばしば週末まで。
家でも落ち着かなく、リラックスできない。
人に生活パターンが不健康と言われた。
マネージャーに仕事の優先度を付けるように言われる。
子供の成長過程での重要な事柄を見逃している。
重要なのは労働時間では無く生産性を上げることだと指摘する。
まず自分がワーカホリックになっているということを自覚するのが重要である。

ワーカホリックに打ち勝つには
自分の最重要のキータスクを上司と確認する
仕事を離れて休みをとれるように友人とスケジュールをたてて、それを守るようにする
ジムに入りなおしてトレーナーにコミットメントする
家では携帯を切ってメールが届くのを見ないようにする
日々考える時間を確保する

一生懸命働くことと、ワーカホリックになることは別だと指摘する。
ワーカホリックは強迫観念によってもたらされている。
ワーカホリックは中毒性の行動である
効率は落ちる
高血圧などの症状がでる
日本では一年に1000人過労死で死んでいる
もしそこから抜け出したいなら問題を認識する必要がある
The problem is said to be so bad in Japan that there's even a name for death by overwork - karoshi. Some people think it causes 1000 deaths a year.
悪化すると最悪死に至る。日本では働きすぎによる死を過労死と呼んでいて年に1000人が死んでいると考えられている。

NZの人にとっては過労死という名前があるのが驚きであるようだ。
posted by りもじろう at 07:38 | Comment(1) | TrackBack(0) | ニュージーランドの生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月31日

市場主導の食料自給率向上はあり得ないのか

日本では食糧自給率を上げるべきかについての議論があるが、市場競争力があって自給率が上がるなら誰も文句は言わない話なのであろう。

NZでも、補助金による強化か、市場主導かという選択に迫られたことがあったらしい。原文
Dairy farming in New Zealand wasn't always this sophisticated. But ever since a liberal but free-market government swept to power in 1984 and essentially canceled handouts to farmers - something that just about every other government in an advanced industrial nation has considered both politically and economically impossible - agriculture here has never been the same.

1984年に政府による補助金の停止により、市場主導に移っていったとのことだ。

農政農協ニュースの記事
一方、大臣コミュニケでは各国が「国内農業生産」を強化することの重要性も強調したが、これについては「市場主導と、補助金付きの政策主導の生産強化とでは大きな違いがある」と指摘。この議論の背景には、今回の議長国だったニュージーランドで1990年代に進んだ市場主義的改革の成果が強調されたという。
 議長を務めたカーター農相自身が農業者で「構造変化や混乱も起きたが、生産は伸び、補助金なしで農家の生活は安定した。古いやり方に戻りたい農家はいない」という考えが示されたことを披露、貿易も含めて自由化を前提にした国内生産の強化が食料安保につながるという議論だったことを強調した。
農協発信という、まさかのブラックジョーク。

義父が富山で兼業農家をやっている。
やはり飛び地の小さな田んぼを、年に数回しか使わない高価な農機具を使って稲作をしているのを見ると、改善の余地がある気がしてならない。
富山は平野が広く、素人目には大規模化しやすそうに見える。
酔った勢いで、義父と効率化について議論しようとしてみたが、これまで何度も激しく否定されてきた。

しかし、米は確かにうまいのだ。NZで食べる米に比べるとそれはもう圧倒的な違いである。
効率化と高付加価値で、市場主導で成長する余地は本当にないのだろうか。

ところで、先日「JA高岡ニュージーランドxxの旅」みたいな観光バスが二台、信号待ちの私の前に止まった。
「お、高岡か。」と思って中を眺めていると中のガイドさんが何故か私に会釈。
私もつい会釈して返すと、近くのおばちゃん、おじちゃんが私に手を振って来た。つい私も振り返すとバス中全員で! いやいやいや。

若者の海外旅行離れという話は聞くが、この年代の方は海外でも元気でいいですね!(経済的に)

よく聞くNZの食料自給率が300%という数値は都市伝説らしいが、引用元
穀物以外の食料(肉類・酪農品や野菜・果物といった農産物)をみてみると、国内消費と比較して肉類・酪農品で何と20倍、農産物でもほぼ同額が輸出に回されているからです。
肉類・酪農品は2000%ですと。まあそりゃそうか。
有事の際だろうが、農産物を誰も買ってくれないと困る国もあるということは確かである。
posted by りもじろう at 14:53 | Comment(0) | TrackBack(0) | ニュージーランドの生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月09日

ベーシックインカムとビジネスのしやすさ

NZに来るまでほとんど意識したことがなかったのだが、NZには手厚い手当が各種あるようだ。

市民権か永住権を得て二年以上たつと失業した場合に失業手当てが出る。驚いたのはそれが無期限ということだ。物価上昇に応じて毎年増額されているし。
さらに子供手当て住宅補助も充実している。基本的な医療費もかからない。
10年以上住んでいるだけで65歳以上は年金もでるらしい。

私のように子供二人の夫婦だと、家賃補助なしでも月2000ドルちょっとになる。余裕のある生活とは行かないが、持ち家の知り合いが普通に暮らして一家族で月3000ドルぐらいの支出といっていたから、切り詰めれば、まあ何とかやっていけるように出来ている。

最低賃金が時給12.75ドルだからフルタイムで一月2000ドルちょっと。
最低賃金で働いているのってどうなの?ということになってしまう。

面白いのは手当ては税金から出ており、日本や北米のように就業期間に失業保険を払うという形ではないのだ。だから永住権をとって二年間生き延びれば失業手当がもらえるようだ。
勿論国としても色々手を講じて、仕事に復帰するようなプログラムは設けてあるようだし、個人個人で条件があるみたいなので詳細は不明だが。

考えてみると街中でホームレスをほとんど見たことが無いのもそのためだろうか。
マオリの人が、たまに道端で「チェンジプリーズ」とかやってるが、どうやったらそんな太れんねん!と突っ込みたくなるようなデブだったりするし。

日本で盛んに議論されているベーシックインカムってまさにこんな感じなのかもしれない。
NZなんて思いっきり債務国なのに。

ビジネスのしやすさランキングで2位(pdf)だったりするが、さらに失業時のこの安心感があれば相当起業したくなる国なのであった。

doingbusiness2010.jpg
posted by りもじろう at 16:33 | Comment(5) | TrackBack(1) | ニュージーランドの生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月25日

日本の製造業の労働生産性は低いのか

私の接してきた北米やNZのエンジニアは、残業も好きでやる以外ほとんど無く、休日も普通に取れて悲壮感など感じさせることは無かった。

日本のエンジニアとなぜこうも違ってくるのかと考えてしまう。総合的に見て個々人の能力にそれほど差があるとも思えない。

日本の労働生産性が低いという話になるのかと思いきや、製造業に関しては別に極端に悪いわけでもない。

3. 日本の製造業の労働生産性(2007年)はOECD25カ国中第14位。ドイツに抜かれ順位を1つ下げる。
日本の製造業の労働生産性水準(2007年)は80,400ドル(947万円)で、OECD加盟国でデータが得られた25カ国中第14位(図4)。
ドイツに抜かれ、2006年の第13位から1つ順位を下げた。先進7カ国でみると米国、フランス、ドイツに次ぐ第4位となっている。
米国製造業の労働生産性を100とすると日本の労働生産性は79。
(->pdf)
ドイツなど寧ろあれだけ休みをとって残業もしないのに、輸出世界一を誇るというのだからさぞかし労働生産性が高いのかと思いきや、日本とほとんど変わらないというのだから驚きだ。

つまり[日本の働きづめの人の労働時間-ドイツ人の労働時間]を誰かが代わりに有給で遊んでくれているということになろう。
労働生産性の低さにビビるのはもうやめようというブログを見ると
さて、労働生産性は、就業者一人当たりの付加価値で計算される、と書いた。失業者はカウントしない。
という点に着目している。
スペインの失業率は19.4%に達し、フランスやアメリカは10%だ。それに比べて日本は、失業率が高くなったとはいえ、未だ5.2%の水準に留まっている。
さらに若年層では、
スペインは若年労働力の44%が失業状態だ。福祉国家で有名なスウェーデンは26.5%。アメリカは19.1%だ。これに対して日本は8.4%という水準だ。

多くの雇用機会を生み出すおかげで労働生産性が落ちているというわけだ。ワークシェアリングである。
転職は35才以上が有利というエントリに書いたが、こちらの若年層エンジニアの就職事情とも合致する。

日本の場合、それ以上に無能化が進む(と元から無能な)生産性の著しく低い中間管理職の労働時間が相当なハンディキャップになっているであろう。
日本での経験も含めて感じるのは、どれだけ無駄に見える会議でも、必ず一人は好きでやっている人間がいて、その人間が決定権を握っている、という点です。演説したいとか、責任を分散したいとか、動機はさまざまですが。会議開きたい症候群が世代によるものか、与えられた地位によるのかはよくわかりません。
Isaoさんコメント

さらにその人たちの設定する無駄な会議にも付き合わないといけないのだから、これでドイツ並みでやれてるのって逆に凄いのかもしれない。
それはつまり、職場内で著しい生産性の違いがあっても同一賃金で働くということが、無意識にせよ一部の人間が耐え忍んでいることで、成り立っているのであろう。

しかし、その残業時間の延長や根性で死ぬまで働くような仕組みでは限界に来ていて、効率化の競争に敗れつつあるのが現状であろう。

池田信夫氏のシステム間移行と宗教戦争にこうある。
いま日本の直面している変化は、人々が自覚している以上に大きなものである。それは伝統的な共同体から日本人が継承した長期的関係によるガバナンスから、近代西欧に特有の契約社会への移行だ。
現代の日本でも、デジタル革命によって労働者を企業に閉じ込める日本型企業コミュニティの優位性がなくなり、20世紀初頭以降、一貫して続いてきた企業の大規模化のトレンドが逆転し始めている。
しかし経済圏がグローバルに広がるときは、両者の効率の圧倒的な差によって、このシステム間移行は避けられない。それはかつては100年以上にわたる宗教戦争を引き起こしたぐらい大きな変化であり、平和裡に進むとは限らない。おそらく日本でも、もっとも大きな変化はこれから来るだろう。

これは避けられないことだと思うし、必ずしも悪いことではないと思う。無駄な人を省くだけで世界一の労働生産性になるのは間違いない。
無能な40歳代以上の人だけ、梯子を外されてちょっと辛い思いをすることになるだけだ。
posted by りもじろう at 15:37 | Comment(2) | TrackBack(0) | ニュージーランドの生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月22日

残業なしで、休みもたっぷり

NZの会社は夏休みが一年で一番長いようだ。夏休みというのはクリスマスから正月にかけてである。
今の会社でも人によっては一ヶ月ぐらい休みをとるし、少なくても二週間は休みだ。

さらに驚いたのは2月に入ってオフィスの中国人たちがいなくなった。
旧正月で帰国するというのだ。彼らは今週から復帰する。

マネージャー「彼らには大事な行事だからね。」

そこまで休む中国人は北米では見なかったが。

勤続年数にもよるが、大体一ヶ月勤務して二日弱の有給休暇が発生するから年間20数日。
どう考えても有給日数は足りない。

聞くと、やはり無給休暇だというが、誰も気にしていない。

感覚的にアメリカ、カナダ人よりも休みが多そうなのだが、このエクスペディアの調査を見てみると、やはりNZはヨーロッパの国々についで休暇が多いようだ。

posted by りもじろう at 13:22 | Comment(3) | TrackBack(0) | ニュージーランドの生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月17日

転職は35歳以上が有利

アメリカ、カナダ、NZ等の国のエンジニア向け転職サイトで検索してみるとすぐにわかる。
多くの企業が募集しているデベロッパの層はまず Senior Developer であり、次に Tech Lead、Architect である。
これは大まかに言って35歳以上のキャリアがある人に当てはまるだろう。
給料は年収で8万ドルから10数万ドル程度だ。(各国のドル単位で)

その次に5〜7万ドルぐらいで Intermidiate がくる。

ただし、シリコンバレーのエンジニアの年収は平均的にもっと高いようだ。

Graduate はほとんどないので、大学出たての若い人ほど苦労する。インターンとして無給で経験を積んだりする必要がある。
会社としてはどうせ数年で人が入れ替わるので、即戦力にならないと意味がないからだ。

なので会社には Architect とか、Oracle の専門とか、テストの専門とか、パフォーマンスチューニング専門とかのおっさんが一杯いる。40代後半とかもざらにいる。
専門分野がはっきりしているが、その分野、周辺分野の最新技術の習得などは勿論欠かさない。
Cobol だけできます、というのとは意味が違う。

こういう専門職のおっさんたちは非常に頼り甲斐がある。ここがわからなかったらXXさんに、という具合である。


日本の半導体業界の「優秀な技術者が「無能化」していく悲劇」という記事を読んだ。

技術が得意な者は、短期間で技術開発の功績を挙げ、そのご褒美で課長や部長に昇進し、技術には関わらなくなる。その反面、得意ではないマネジメントが仕事になる。そのため、多くの課長および部長が「無能化」する。その結果、最も技術的に能力の低い者が加速度的に難しさを増す技術開発を行わなければならないのである。なんというジレンマか!


これは何も半導体に限ったことではなく、日本のソフトウェア業界でも同じであろう。
前職でも無能化した人たちをいっぱい見てきた。

無能化した中間管理職は転職もままならなくなるわけだから、アメリカやカナダ、ニュージーランドとは非常に対照的である。
posted by りもじろう at 15:05 | Comment(0) | TrackBack(0) | ニュージーランドの生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月10日

仕事は7.5時間で終わらせる in NZ

以前カナダの会社にいたときに書いたエントリーに「仕事は7.5時間で終わらせる」というのを書いたが、ニュージーランドの今の会社(テレコム系の開発)でも同じようだ。

9:00に始まって、17:00には終わる。

先日など18:00ごろに帰ろうと思ったら、私がいたのを気づかなかったようで、ビル(小さい自社ビル)のドアがロックされていて出れなくなってしまった!
幸い最終退出の仕方がメールできていたので、それを確認。警報装置の処理をして、脱出。あせった。
なにやら同じことをしている。


そして仕事の進め方もアメリカ、カナダとほぼ同じ。

・定例会議はほとんどない。週に一回だけ、プロジェクトミーティングが30分。客先の情報などを共有。
・ミーティングは30分単位が基本。
・重要かつ急ぎのプロジェクトの場合、毎日15分程度で進捗確認。
・2-3人での、ちょっとした相談や、決断は担当者のキューブへ押しかけて行う。
・その際も、異常に早口で(ジョークもなく)、即決する傾向あり。
・Wikiなどでドキュメント化して情報共有に努める。
・社内ミーティング用のプレゼン資料を一生懸命作るやつはいない。
・ただしマイルストーンになるドキュメントだけはしっかりつくる。それがないと次に進めない。
・責任者ははっきりしている。
・なので関係ない人は巻き込まない。(メールも入れない)
・残業はほとんどないが、リリース直前では少し。(1-2時間ぐらい?)
・在宅勤務が多い。朝「今日は家で仕事するから」というメールが入る。

職場で「日本ではひとつ2時間の会議が日中びっちりはいっていて、残業時間にならないと仕事をこなす時間がなかった。だから夜遅くまで毎日残業するんだ。」という話をしたら、まったく信じてくれなかった。
そうか、信じられるわけないわなあ、と思っていると、一人のKiwi「そうらしいね。前付き合っていた日本人の彼女が同じこと言ってた。」とフォロー。
そこから矢継ぎ早に質問が飛ぶ。

Kiwi1「2時間も何を話ししてるんだ?」
私「暇だから、メールチェックをしてたよ。一言もしゃべらないで寝てるやつも会議に結構でてたし。その場にいるのが重要というか。」

Kiwi2「そんなにいくつも会議を何のためにやるんだ?」
私「上司へのトレーニングみたいなものかな。あるいは上司の思いつきの雑談を聞いてる。それ以外は決定権のない人間だけでブレストやってるみたいな感じ。それが最終的に総意を得るまでのプロセスとして必要みたいだ。」

Kiwi3「誰もおかしいといわないのか?」
私「思ってる人もいるけど、大部分はそんなもんかなあと諦めているのかな。それが仕事だと思ってるし。」

Kiwi4「そんなことのために毎日残業してたら、一体何のために生きてるんだ?」
私「残念ながらそれが分からなかった。分からなかったから脱出してきた。」

Kiwi All 爆笑。

いや、別に受け狙いじゃなくて本当に分からなかったから、辞めたのだが..

日本には世界的には特殊な雇用条件があって、そのために労使の利害関係が、そういう形で均衡をしているとか説明すればいいのか。


posted by りもじろう at 18:02 | Comment(3) | TrackBack(0) | ニュージーランドの生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月04日

クロエ

24.jpg
NZの会社で働いて数ヶ月がたった。

最初に驚いたのが、社員がみんな静かなことだ。アメリカやカナダの職場ではエンジニアでもジョークとか無駄口が非常に多かった。意味もなく叫ぶやつも多かった。
そういう人は今のところ見かけない。オフィスは非常に静かで、みんな自分の仕事に集中している。

ランチの時間になっても、みんなでどこかに食べに行くとかもない。キッチンのカウンターで黙々と食べていたりする。女性同士でもほとんど会話していない。
会議などでもジョークは少ない。
カナダやアメリカで働いてた職場では、いかにジョークを言うかを競い合っている感じすらあったのだが、そういう雰囲気はない。

ちなみに私の隣には30歳台前半ぐらいの優秀なでかい女性がいる。私は密かに彼女のことを「クロエ」と命名している。
24」のクロエにそっくりな雰囲気なのである。

私が最初に会社に来て、隣の彼女に「よろしくー」と話かけたら、こっちを見ずに左手をあげて、にやりとだけ挨拶。
すごい無口なのだが、これまた不思議なぐらい、みんなに頼られている。

数日して開発環境の設定がうまくいかなくて彼女に質問したら、

「ところで、あなたいつここに来たの?」

なんてクロエな!

たまたま今回の職場がこういう雰囲気なのかもしれないが、北米とは違うなぁという印象は受けた。夕方5時過ぎにはほとんど誰もいなくなるのは、カナダでもニュージーランドでも同じだが。

気の利いたジョークも英語ではなかなか言えない身としては気楽な職場ではある。

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posted by りもじろう at 06:41 | Comment(3) | TrackBack(0) | ニュージーランドの生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月30日

若者の「海外流出」が止まらない!

ダイヤモンド・オンラインの「若者の「海外流出」が止まらない!」という記事で取り上げていただきました。
(4ページ目あたり)

渡辺千賀さんが言及されている通り、メチャクチャで無鉄砲なクチだが、とりあえず何とかなっている。勿論、スキルが伸びる場には居れるようにしておきたいものだ。

ちなみに「若者」でもないし、「エリート」でもないですが。

posted by りもじろう at 18:06 | Comment(2) | TrackBack(0) | ニュージーランドの生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月20日

就職活動ふたたび

話は飛んで、ニュージーランドでの就職活動について。

NZに来てから数ヶ月がたった。下請け仕事はプロジェクトごとなので、仕事がないときもある。
これは起業準備のチャンス!と思って開発に精を出したいところだ。が、そうも行かない。

妻「今は引越しやら、家探しやらで色々入用でしょう。家賃もかかってるし。こっちでの仕事もやってみたら?」
などと鋭い眼光で、仰います。

うーむ。そんなことでは起業などいつまでたってもできんじゃないか!と叫びたいところだが、確かに出費ばかりかさむのは厳しい。それにニュージーランドで生きていく上で、現地企業で働いてみるのも何かと参考になりそうだ。

というわけで適当に就職情報を見てエージェントにメールと履歴書を送る。

さっそくメールが返ってきて、
「ああ、2年前にメールくれたよね。NZに来たのか?一度会いにオフィスまで来てよ。」

あれ、前出したエージェントだったのか。
というわけで早速会いに行った。

一通り本番のようなインタビューをしてくれて、その後レビューをしてくれた。本番の面接ではどこがだめだったかなどは教えてくれないので、これは助かる。

「とりあえず2社紹介できるから、インタビュー受けてみてよ。」

一社目。企業向けのシステム開発の会社に面接。あまり治安のよさそうじゃない場所にあるのでちょっと気乗りもしなかったが、会社内は明るくて面接官もいい感じのエンジニア二人であった。

技術的な質問には問題なく応えられたが、二人のうち一人のNZ訛りの英語が激しく分からなかったので、何度も聞きなおしてしまった。

結果は「技術的な面は問題ありませんが、英語に問題があります。」

やっぱり。
以前NZで面接したときとまったく成長してない展開に涙である。
まあ、以前もそうだったが、英語を気にする会社ははなっから諦めるしかない。

で、二社目。テレコム系の開発会社。

ディレクターと面接。いい感じで終わった。次の日に会社のアーキテクトと面接となった。
Java と DB と Web に関する技術的な質問もほとんど問題なかった。

これで終わりかと思ったら、最終試験はエージェントのオフィスで心理テストを受けろという。
個室でノートPCを渡されて、一問一問答えていく。これが非常に疲れた。

前半はチームワークとか、コミュニケーションとか、リーダーシップとかを見るような質問が続く。
後半はなぜか知能テスト。
次にくる数字を入れろ
1 2 6 24 __
とか、
未知の言語と英語の訳が4対あって、5文目の意味を選べとか。

ここまで来て IQ 足らんという理由で落とされたら、大分悔しい話である。

次の日にエージェントから連絡があった。
「採用するそうです。給料はxxxです。クリスマス休暇がボーナスとして2週間分出ます。」

おお、ありがたい。最初からえらい長期休暇もらえるのには驚いた。ただ、マネージャーは1ヶ月も休みを取るのでどうせ仕事にならないのだ!

すげー。アメリカ、カナダの会社以上にゆるいかもしれない。
posted by りもじろう at 19:20 | Comment(8) | TrackBack(0) | ニュージーランドの生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月15日

引っ越し!

nz01.JPG

更新が随分開いてしまったが、実は引っ越しをしていたのであった。
勿論引っ越し先はNZである。

そのプロセスはこうだ。
0. 引っ越し決断
1. 会社退職
2. 家売却
3. 家具、車売却
4. 引っ越し荷物梱包、コンテナ積み込み、出荷
5. 移動(カナダ->日本)
6. 実家挨拶
7. 移動(日本->NZ)
8. ホテル住まい
9. 車購入
10. 賃貸アパート探し、入居
11. 娘の小学校、幼稚園入学
12. コンテナ荷物搬入     <--今ここ待ち
13. 不動産探し
14. 家購入
15. 荷物梱包、トラック積み込み
16. トラック荷物搬入
17. 家具購入
18. 引っ越し完了!

というわけで、各々の詳細はまた追って書いていこう。


posted by りもじろう at 11:50 | Comment(10) | TrackBack(0) | ニュージーランドの生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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