2006年06月23日

好きな国 嫌いな国

ゲーテ7月号に村上龍が「好き」ということについて書いていた。

印象的だったのは、何かが好きということは案外ちゃんと説明しにくいものだ、という話だ。
「あの人がなぜ好きなのか」
という問いに、
「お金を持っているから」
というような明快な理由が出るようなものは、実は本当の意味で好きということではないだろう、という。

なぜニュージーランドに行きたいのか、という問いに対して、相手を瞬時に納得させる答えを出せるかというと、そうでもない。
なので、この話は非常に納得できる。

学生のころから振り返ると長短あわせて30ヶ国以上滞在したことがある。
好きな国と嫌いな国というのはやはりある。まーまーの国も。

そして不思議と、夫婦でその好き嫌いの感覚が近いのが幸いだ。

今からまたアメリカに赴任の話があっても、もう行かない。とても快適な生活ではあったんだが。
あの国はもういい、という感じだ。

どんな国でもいい面と悪い面がある。
日本国内で考えても、田舎好きと都会好きがいる。そのどちらにも長短がある。
国も、その人にどうフィットするかなんだろう。

そして、その環境を自らで選べるようにありたいのだ。


posted by りもじろう at 11:25 | Comment(0) | TrackBack(0) | なぜ移住・独立しようと思ったのか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月14日

友達来日

韓国の友達が学会のため日本に来た。
韓国の大学で講師をしていて、自分の研究を学会で発表しにきた。そのついでに我が家に3泊していった。

彼とは学生時代にアメリカの大学で知り合って以来の長い付き合いだ。彼と一緒に韓国スーパーにいって食材をシェアし、料理を作りあって過ごした。
今は彼にも娘が一人いて、私の子供二人のちょうど間ぐらいの歳だ。
子育てについても色々と議論ができて面白い。

今回も独島・竹島問題から豊臣秀吉まで、熱く議論を交わした。勿論、まったくかみ合わないが、それがまた面白い。

韓国の経済状況などきくと、非常に興味深い。企業は生き残りのため定年が50歳まで引き下げられて、国の保障も期待できないらしい。みな、どうやって生きていくか、常々考えて色々と手を打っているという。
アメリカ、ニュージーランドに韓国移民が多いのも、その理由があるのではないかという。英語熱が非常に高いのもそんな理由があるようだ。

ガソリンが最近では日本の価格より高いといって驚いていた。
経済的に日本と中国のはざまにいる彼らのほうが、グローバリゼーションの波を、生活の中に感じているようだ。

そして、私が移住の話をすると、真剣に話を聞いてくれる。そして議論する。
同じようなことを自分がしたらどうかなと、考えたりもしている。
新しいビジネスを始めることにも積極的だ。

いつもそうだが、日本に住む日本人の友達に移住の話しをしても、大体が無反応か、会社を辞めるのは勿体無いのでは、という反応しかない。寂しいぐらい面白くない。
日本人以外の友達と話をすると、この韓国人のような反応だ。

「個」を見つめるダイアローグ
「個」を見つめるダイアローグ

この本で、日本人は内向きすぎる、という話が述べられていたのを思い出した。興味が日本国内にしか向かない。
右肩上がりの経済成長神話では効率的であった仕組みを いつまでも信じて疑わず、無思考で追従していく。バブルなどの影響でさらに大企業や公務員になることのみが安定した生活を保障すると考える。

自分も大企業に入った身なので大きなことは言えないが、無思考に社員を続けるのだけは、やはり止めたい。
彼の滞在で、それを確認することができた。



posted by りもじろう at 10:28 | Comment(0) | TrackBack(0) | なぜ移住・独立しようと思ったのか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月07日

ルールを守る2

「個」を見つめるダイアローグ
「個」を見つめるダイアローグ
が面白い。

日本人のルールや常識についての記述があった。
村上龍は、

日本の常識やルールは外国では通用しない。たとえば日本が没落したときに、常識やルールを信じていた人は、失望して、次には怒り出すだろう。目の前でおきていることを理解できないまま。

というようなことを述べている。
これに対して、伊藤譲一は

ルールがあるかどうかではなくて、自分の目で判断しなければいけない。日本はルールを押し付ける。

と返している。

信号は青が渡ってよくて、赤が渡ってはいけないというのは、国によって違うという話もしている。青でも危険もあるし、赤でも渡れるときは渡らないといけない。
当たり前の話だ。だが、日本ではこれも当たり前ではない。

昔、ある職場で、部門全体にメールが入った。

「喫煙室の屋根には煙センサーがついています。誤動作しますので、喫煙される方はセンサーの下で吸わないようにご注意ください」

なんとも難しいことをいう。私は煙草は吸わないので、笑うだけだったが、喫煙する誰も、じゃあ、そのセンサーを何とかしろ、とは言わない。センサーが反応しないように隅っこで吸っているのだ。

最終帰宅者のルールというのもある。
自分が最後だと思った人は、広いフロアの何十箇所もある、すべての電源を落とし、照明を消して回れという。最後までいた人はえらいとばっちりである。
勿論会社には警備員もいて、見回りもするのにだ。
で、誰も自分が最後だと思わずに点けたまま帰ったりすると、次の日の午前中一杯、誰のせいだとメールが飛び交う。

アメリカのオフィスだと、人センサーがついていて、自動消灯する。それで済む話だ。

私は、担当者にそのような提案をした。だが、昔からこういうやり方だから変えられないという。誰かが責任を持って造ったルールでもない。こんなルールの存続を生業にしているおっさんも大勢いるのだ。

アメリカで知り合った、英語の先生の話が印象的だった。
彼は日本で英会話学校を経営したことがあって、日本をよく知っている。

「高さの低いドアがあったら日本人はどうすると思う。」

「屈んで通ると思うが。」

「そのとおり。アメリカ人は、ドアの上をぶち抜いて、高いドアに替えるよ。」

ルールを作る前に、もう一度考えてみたいものだ。

タグ:村上龍
posted by りもじろう at 09:53 | Comment(0) | TrackBack(0) | なぜ移住・独立しようと思ったのか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月06日

ルールを守る

村上ファンドのインサイダー取引による逮捕事件がうれしそうに報道されている。

昔、島田紳助がこういっていた。
「車運転してて、無事故無違反はありえへん。無事故無検挙やろ。」

そりゃ、嫌いなやつの車の後をついていけば、絶対検挙できるでしょう。

奇しくも村上さんは、

「一方通行の道を入ってはいけない。でもはいっちゃった。」

と例えてました。

インサイダー取引して、けしからんと多くの人は思っているのだろう。ルールは守らなければだめだ、と。
ルールを守るのは大事だ。法律を犯すのは勿論避けたいと思う。

だが、日本人は根本的に、ルールに対して思考停止していて、守ることにのみ意味を見出していないか。ルールを守ることが目的になっていくと、合理的でないこともルールのために行うことになる。
合理的に目的を達成するためには、どうすればいいか。じゃあ、ルールをこう変えようとか、意識しなくてもルール違反しない方法を考えよう、とはならない。一度決まったルールは無批判に守り通そうとする。

最近そんな出来事が立て続きに起こった。

燃えるゴミを出す日だった。引越しででた大量のゴミ。ワンブロックごとに、ゴミ捨て場がある。一箇所に捨てると他の人が捨てられなくなる。
仕方なく、他のブロックへ、持って行く。

そのゴミ捨て場の近くに、なぜかおばさんが、じーっと待っている。

「ここには捨てないでください!自分のところに捨ててください!」
「ルールですから!」

わざわざそれを言うために待ってたんですか。はー。


妻が、幼稚園のイベントで娘とたまねぎ掘り。
列は最後尾で、順番に掘るというので、ずいぶん待たされていた。
広い畑で、なぜか列をなして順番に掘れという。
最後だったので、見かねた若い先生が、

「こっちにきて掘っていいですよ」

ありがたいとおもって、親子で楽しく掘っていると、
別のおじさん先生が、

「ちゃんと列に並んで、待ってください!」

「いえ、こっちで掘っていいと言われたもので」

「ルールですから!ルールを守ってください!」

その場にいて、私が一言、言い返してやりたかった。悔やまれる。

一人で、近くの大衆料理的中華料理屋で遅い昼ごはんを食べようと入った。
入ると4人がけが10席ほど、カウンターが6人分あった。

「こちらにお願いいたします」

見るとカウンター席にはすでに4人ほど客がいて、新聞を広げて読んでいる。

「あの、こっちの4人席じゃだめですか」

4人席側には誰もいない。昼もかなり過ぎていたのでこれから客が大勢来るとも思えない。

「いえ、お一人の方はカウンターでお願いします」

ちょっと考えて、それじゃあどこに座るか、と思っていると、

「いやなら、出て行ってもらって結構です。うちはそういうことで、やらしてもらっていますから」

出て行きましたとも。

仕方が無かったので、

「お客に向かって、おふざけにならないでください。体格のいい人よ。」

というようなことを大阪弁でいっておきました。
何やら引きつった面持ちになっておられました。

いや、確かにどの件も、ルールを守るのは大事でしょう。大事ですが、どうなんですか。楽しいんですか。目的はなんですか?

脱力するばかりである。
posted by りもじろう at 10:30 | Comment(2) | TrackBack(2) | なぜ移住・独立しようと思ったのか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月02日

安上がりなダイエット方法

アメリカに赴任してから、価値観が変わったものがある。

駅の近くに住む、ということを考えなくなった。
むしろ遠くに住むようになった。駅からバスで30分の山の麓だ。

シリコンバレーでは電車通勤する人はいない。住宅選択は、コミュニティと学区とハイウェイへのアクセスが重要なファクターになる。

赴任前はやはり、通勤のことなどを考えて、駅に近い物件を探して住んでいた。

だが、一度そういう強迫観念の呪縛から解かれて、駅から遠い生活をしてみると、いいことがたくさんあることに気付く。まず、賃貸価格は安くなる。その分間取りは比較的広くなる。広い公園なども近くにある。交通量が減るので静かだ。

買い物もネットと生協で大部分事足りる。幼稚園もバスで迎えに来てくれる。
レストランも必ず大きな駐車場があって、家族で行きやすい。

最大の問題は通勤である。
それを解決するのは、

きつい坂でもクールに駆ける スタンダード折畳み電動自転車 20インチ パールホワイト EB-20PW

これである。折りたたみ電動自転車だ。
片道10kmを30分程度で通勤できる。

アメリカにいたときより、体重も10kg近く減り、体脂肪も減って体年齢も6才若返った。雨の日だって、GoreTexのレインウェアで快適だ。(最近盗まれたが)

何度かパンクしたり、チェーンが外れたり、というトラブルもあったが、そこは折りたたみ自転車。タクシーか、迎えに来てもらって積み込めばいい。

都会好きの人には理解できない感覚だろう。
訪れてくる友達も、

「なんでこんなところに」

と不思議がる人も多い。

こんな感覚が夫婦であるからこそ、ニュージーランド移住を考えるのだろう。

きつい坂でもクールに駆ける スタンダード折畳み電動自転車 20インチ
きつい坂でもクールに駆ける スタンダード折畳み電動自転車 20インチ パールホワイト EB-20PW
GORE-TEX コーデュラ レインコート
モンベル(mont-bell) GORE-TEX コーデュラ レインコート メンズ チャコールブラック CHBK L 1128489
オムロン 体重体組成計 Karada Scan701 HBF-701
B001EUNKHK
タグ:通勤
posted by りもじろう at 20:16 | Comment(0) | TrackBack(0) | なぜ移住・独立しようと思ったのか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月31日

田中宇

田中宇の国際ニュース解説をいつも愛読している。

5/30の「つぶされるCIA」という記事も大変興味深い。

そこにこのような記述がある。

----
先日、フィナンシャルタイムス(FT)の中国特派員をやっていたイギリス人の講演を聞く機会があったのだが、彼は「中国の勃興は、欧米の大企業や、その経営者である大金持ちにとっては、非常に嬉しいことであるはずだ。10数億人が、貧民から消費者になっていく過程は、世界の大企業を長期にわたって儲けさせるものだからだ。半面、欧米の労働者にとっては、中国の勃興は、労働市場の競争激化につながるため、悪影響が大きい」という趣旨のことを言っていた。同様の分析は、英エコノミスト誌でも見たことがある。
----

グローバリズムのところにも書いたが、資本家にとってのグローバリズムと労働者にとってのそれは明らかに意味が違うということだ。欧米の労働者だけでなく、日本の労働者にもやはり競争の波は押し寄せてきている。

フランスでは新卒の労働者を2年以内に解雇できる法律をめぐってデモがおこり、廃案となったというニュースがあった。
日本でも当然解雇というのは難しいため、大企業での人材の流動化は起こりにくい。よって国内の労働者の老齢化は進む。私の会社でも中国での拠点を増やし、中国での雇用を増やしている。

自分の課をみると、ポジションのない、40前後のおじさんが課の半分ぐらいを占めている。特にバブル入社世代が異常に多い。

知り合いの30代後半マネージャーが、こんなことをいって嘆いていた。

「新規プロジェクト立ち上げで、新しい部署に配属になったんだ。メンバーを見ると全員自分より年上だった。いやになるよー。」

外注丸投げになるのも無理はない。

ちなみに、私がいたアメリカの部署は15人ほどメンバーがいたが、部長を含めて全員30代以下であった。

かつて企業が売り上げを倍増し、人員を倍増できた時代は、会社の中でポジションをあげるということに夢を見ることができた。今のお偉いさんはそういうプロセスで半ば自動的に成功した人たちであるといえる。

中間管理職候補が大勢いて、基本的に年功序列である組織に何の夢と何の刺激を求めればいいのか。
ウェブ進化論のなかで、梅田望夫は「あるとき自分より年上の人と会わないときめた」と書いている。

年老いた組織で、エンジニアとしての国際競争力をどうやってつければいいのか。

そういう不安を抱くことなく、会議でだらだらと談笑しているおっさんたちを見ると不思議でならない。


ところで、グーグルで「田中」で検索すると、田中宇がトップに出てくる。グーグル的に日本一有名な田中さんなのである。

日本が「対米従属」を脱する日--多極化する新世界秩序の中で日本が「対米従属」を脱する日--多極化する新世界秩序の中で

ドル亡き後の世界 ロスチャイルドと共産中国が2012年、世界マネー覇権を共有する 国際情勢 メディアが出さないほんとうの話 世界がドルを棄てた日 アメリカを支配するパワーエリート解体新書
posted by りもじろう at 10:17 | Comment(1) | TrackBack(0) | なぜ移住・独立しようと思ったのか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月24日

グローバリズム

GOETHE (ゲーテ) 6月号に、村上龍の書いた記事がある。

「グローバリズムは思想ではない」

要約すると、グローバリズムという現象は確実に進行しており、世界中を単一マーケットとしていく。それに反対したり、賛同したりすることは意味が無い。
「適応する」ということだけが現実に残された手段であると。

社内でこの大変化を認識して、適応し続けなければならない、という覚悟を持っている人間は案外少ないように見える。
自分のシールドである大企業が存続している以上、自分のポジションも存続するので、これまでと同じやりかたでいい、と思っているかのようだ。

だが現実には、若い中国人エンジニアがものすごい勢いで増えている。エレベーター内でふと気づくと、自分だけ日本人だったなんてこともある。

近くの人材派遣会社には若い中国人女性の10人程度の集団が、寮から毎日通勤している。

こういう形で適応を試みている会社自体は、存続するであろう。相応のポジションにある人なら、黙って指をくわえてこの大変化を見ているわけがないのだ。

だが、だからといって今後何十年も、日本人社員が今までのように、安定を享受できる保証などどこにもない。それとこれとはまったく別の話だ。会社というシールドは今までのようには個人を守ってくれなくなるだろう。

本当の競争社会はこれからやってくるのだと思う。

石油をはじめとする資源関連銘柄の高騰でオーストラリアなども経済が潤っているという。中国、インドなどが資本主義経済に移行し、資源を大量消費すれば、資源の希少価値はますます高まり、資源を持つ国は優位に立つだろう。

一方、日本は知的労働でこれまで経済価値を生み出してきたわけだが、中国、インドその他の発展途上国が参戦してきたときに、昔のような日本の一人勝ちに戻るようなことはありえない。
サムソンの例を見れば、すでに明らかだ。半導体投資は日本のメーカー全社足してもかなわない。ブランド力もすでに一部の日本のメーカーを上回っている。

無論、ニュージーランドに行けば、この競争から逃れられるとか、適応できると思っているわけではない。
だが、大企業の中で働いていると非常に不自由なのだ。私が勤務する会社は、もう高度経済成長は終わったので、ポジションも保障できません、とアナウンスしていない。あくまでも今後も成長するという前提で、出世するプロセスだけを提示しており、その古臭い仕組みで働くように強要する。適応するための働き方を否定される。これに付き合っていると、後で痛い目を見るのは自分だ。

適応には時間がかかる。色々と模索して試行する日々が続くのだろう。
posted by りもじろう at 10:15 | Comment(1) | TrackBack(1) | なぜ移住・独立しようと思ったのか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月18日

村上龍 「盾・シールド」を読んで

4344011449シールド(盾)
はまの ゆか
幻冬舎 2006-03-24



人にはやわらかいコアの部分があって、それを守る盾・シールドが必要なのだ。という仮定に基づいて書かれている。

私なりの解釈としては、人には色んなシールドが何層も必要でそれらをうまく管理しておくことが、幸せとか心の安定につながる、というものだ。

シールドになりうるものは、
人種、国、出身地のようなものから、金、会社、仕事、学歴、友人、スキル、コミュニティなどさまざまだ。

主人公のうちの一人のキジマは会社という大きなシールドを頼り、他のシールドをないがしろにして生きる。そのシールドがなくなった瞬間にコアがさらされてしまう。

一方コジマにとってシールドとして見つかったものは、
シェパード(やりがいのある仕事)、ドイツ語(仕事に役立つスキル)、妻(コミュニティ、パートナー)であった。それはどれもそう簡単に手に入るものではない、という。

会社の中で30代後半以上の人を見ると、キジマ的な人はいまだに多い。

一方でシリコンバレーエンジニアにとって、会社はシールドにはならない。それは当然で、いつでも首になるからである。むしろスキルとか、キャリアを形成するための存在である。
シールドを造る上での会社の存在意義がまったく異なっている。

高校生が必死で携帯メールをやり取りして、希薄で膨大な友達関係を築こうとするのもシールド形成のための作業であろう。
自分も赴任して、しばらくすると、日本からのメールが減っていった。これには当時は妙な不安感を覚えた。
一言も発する事無いのに、会議に多くの人が座っていたりするのも、自分が必要とされていると思いたい行為の現れであろう。スケジュール帳が予定で一杯で無いと不安なのも同じく。

ただ、こういうシールドは、組織や環境が変わった瞬間に無に帰す。

どういうシールド形成をすれば費用対効果が大きく、継続的に効果があるか。どこに、時間と労力を割き、メンテナンスするのが意味があるか。
そこをちゃんと考えて生きよう、というように解釈できた。

人にとってシールドが必要なら、より効果的なシールドをつくりましょう、と。外側も内側もバランスよく。

会社をやめて、移住して、独立する、という行為は日本人的にはもっとも強固な外側のシールドをことごとく取り外してしまう行為に他ならない。よほど内側のシールドがしっかりしていないと出来ないことだなと思う。

本当に自分は大丈夫なのだろうか、と不安はないわけではない。
しかし、しっかりと他のシールドが形成され、今後も維持できるであろうという自信はある。
だからこその決断だなと思う。
タグ:村上龍
posted by りもじろう at 10:00 | Comment(0) | TrackBack(2) | なぜ移住・独立しようと思ったのか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月11日

教育

移住したい理由の一つには、やはり教育がある。

私には大学生のころのトラウマ的経験がある。
それは、ある国際大学のショートプログラムに参加したときのことだ。

主な参加者は名だたる企業の選抜社員であった。運良く私は奨学生というかたちで参加させてもらえた。

世界中の優秀な人たちの、講演、ディスカッション、実験、パーティなど、盛りだくさんの内容であった。
参加者は、自分の知識と、論理をどんどん展開する。白熱したプログラムであった。
しかし、自分は他の参加者のようには、存在感をアピールできなかった。実際のところ、参加していた日本人のほとんどがそうであったのだ。

もっとも大きな理由は勿論英語であった。
だが、それに加えて、自分の考えを論理立てて、相手に伝え、聞く人の意識を変えるような影響力がないことに気づいた。

欧米の殆ど人たち、シンガポールや、インドの人たちは、よくしゃべる。そしてそういう教育を受けている。

参加していた日本人は、皆英語も出来たし、一流大学、一流企業の面々である。だが、存在感がなく、へらへらと笑って聞いている存在でしかなかった。
私も奨学生に選抜されるため、TOEFLで基準スコア以上は取っていたが同じざまだ。

一方で日本人は実務能力は非常に高かった。
よくしゃべって理想的なことをいう参加者でも、実務面がいまいちな人もいたので、一方的に日本人がだめ、というわけではなかった。


上の娘が幼稚園に行っている。参観日などで様子を見ると、徹底した同時進行作業をしている。
またお遊戯会、運動会など、北のマスゲームさながらである。

幼稚園にとって、親はサラリーマンのお父さんと専業主婦のお母さんがいるのが前提となっている。行事や、役員など、そういう前提で進められている。
すべてが横並びなのだ。

アメリカのプレスクールでの経験はこれと対照的なものであった。

自分が受けてきた日本の教育を思い出すと、まあこれは想像もつくし、何も大きくは変わっていないように見える。
とすると、子供たちが私と同じようになり、上述のようなときに発言できない人になっていく可能性も高い。

よい悪いは別にして、グローバルスタンダードでの競争が避けられない時代に、日本的教育に不安を覚えるのも事実である。

勿論ニュージーランドに行けばすべて解決するほど単純な問題ではないだろう。日本人の補習学校にも行った方がいいだろうし。

確信的なことは何もないが、自分が子供だとしたら、欧米式と日本式の学校の経験が持てれば楽しいと思う。
彼らがどう思うかはやってみないとわからないが。
posted by りもじろう at 10:12 | Comment(0) | TrackBack(1) | なぜ移住・独立しようと思ったのか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月09日

サラリーマンの評価

売り上げにこそ貢献しなかったが、造るべきものは造った。
少ない工数でスケジュールも守った。
エンジニアとしてはやれることはやった。

上司はそこはちゃんと理解してくれていた。
その年の評価は最高位。部で一人二人しか出せない評価らしい。

この上司、さらに亡き部長の言葉通り、人事に対して私をマネージャーとして昇進するよう推薦してくれた。

だが、結果は

「年齢が若すぎる」
「年齢が若くてもマネージャーになる人はいるが、彼の場合、ポイントが足りない。もう一年がんばってもらいたい。」

ということだ。ちなみに、この人事とは一度も会ったことがない。
部長が生きていれば押しの強さも違ったかもしれないが、所詮こんなもんだ。

アメリカでの人事権はバジェットにあわせた雇用、解雇の権限をマネージャーが持っていた。だからトップダウンの力が強力に働くといってもいい。

日本サイドだとそれは起こりえない。首にもならないし、すごい昇進も殆どない。なので適当にやる人も多い。マネージャーにならない手前でのんびりやるのだ。給料もそこそこ。責任もそこそこ。

こう割り切ってしまえば日本の大企業ほどいいところはないかもしれない。他の大企業は知らないが。

この件、仲のいいマネージャーに話をしたところ、

「いい年してアメリカになんか行っているからポイントが低いんだ。赴任しているやつは、現地でどんな結果だろうと、遊んできたと見なされて日本の評価は最低になるんだ。そうやって、キャリアを考えなかったお前が悪い。」

この人とはとても仲がよかったが、私が最高位の評価をもらっていると素直に言ってしまったものだから、

「自分より給料がいい」

とひどく機嫌を損ねてしまった。
私が、残業なんかしない、と常々言っていたので、さぞかし低い評価を貰っていることだろう、と思っていたようだ。
このマネージャー、先述の残業する人ほど評価を高くする、という人だからだ。
そんなわけで上述の厳しいお言葉をいただくことになった。

この一件以来、この人とは交流がなくなってしまった。
いくら親しい人でも会社の評価の話をしないほうが、身のためだ。サラリーマン人生考えるなら。

大企業で出世するのは難しい。どういうルールで成り立っているのか、表向き見えていないルールを掴んでいないとだめだ。

残業して、結果をそこそこ出して、さらにこの出世のためルールをよく知っておくことだ。根回し、偉い人との個人的な仲良し関係の構築も大事だ。

私にはどうでもいいことだが。



posted by りもじろう at 09:55 | Comment(0) | TrackBack(0) | なぜ移住・独立しようと思ったのか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月08日

だめおし

開発は順調にすすみ、あるアメリカのショーでデモを発表するところまでいった。すべて順調に進んでいるかに思えた。

そろそろヨーロッパのパイロットカスタマーへの導入を進めたいと考えていた。デモを見せに行き、カスタマーとともに最終的な確認をしたいところだ。

セールス担当にアポイントメントを取ってもらうように依頼する。

しかし、いつまでたってもはっきりした返事が返ってこない。

セールスが、実はそのカスタマーを怒らせてしまっていた。

長い間カスタマーを放っておいたらしく、業を煮やしたカスタマーは、他社と取引を開始していた。

向こうからうちの会社を指名してきた案件だったのに。
かなりの売り上げを見込める案件だったのに。

脱力だった。
赤字部門がなんでそんな悠長なことをやっているんだ。

もういいよ。勝手にやってくれ。
これからは、私は独立の準備を進めさせてもらうから。

このときから会社の仕事は適当にやることにきめた。
ビバ、性善説マネジメント!
タグ:デモ
posted by りもじろう at 11:10 | Comment(0) | TrackBack(0) | なぜ移住・独立しようと思ったのか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月02日

デモ

開発しているシステムは順調に形が見えてきた。

そろそろ一度部長にデモをして喜ばせてやろう、などと考えていた。

アメリカでは毎日のように進捗を確認され、ことあるごとにデモをして自分のアウトプットをアピールしなければならなかった。

日本では週に一回の進捗報告があればいいほうで、それも会議での発表のみである。適当に誤魔化してもばれない。ここでも性善説的マネジメントである。

むしろ進捗報告会のエクセルの書き方などに注意がいったりする。

「それは、リスクだ」

「それは、問題点にあげるべきだ」

という調子だ。表の書き方なんかより、本質的な進捗を確認したほうがいいんじゃないのかと思ったりもしたが、基本的には発表者の報告内容は信用することになっている。

とりあえず、金曜日の時点で部長にデモを見せようと思っていたが、一部バグがあったのが気になっていたので、月曜に見せることにした。

部長とは、今後のプロジェクトの進め方から、組織の体制について議論をした。
私が担当するプロジェクトは、部長と私でヨーロッパの顧客に直接出向いて、緊密な関係を築いており、非常によい展開で進んでいた。


日曜日に課長から突然、電話が入る。

「部長が亡くなった。」

心臓発作であったらしい。

まったく予想もしない展開に頭は真っ白だった。

数日して葬儀が執り行われた。

部長もアメリカ赴任の経験があったが、帰国後、単身赴任をしており、家族と過ごした時間は少ないようだった。

葬儀のときに飾られた写真が、もう5年も前の赴任時の家族写真だけだ。
笑顔で家族ととった写真がこのときしかなかったのか。
健康だけが自慢という人だったのに。

子供もまだ10代だ。

私は淡々と開発を続けるしかなかった。
自分の事故で「死」を感じたときのことをまた思い出した。

悔いの無いように、やりたいことをやらないとだめだ、強く思った。





タグ:デモ 進捗
posted by りもじろう at 09:30 | Comment(0) | TrackBack(1) | なぜ移住・独立しようと思ったのか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月01日

エンジニアにとっての英語

開発のほうは順調だ。

このシステムからHibernateを利用することにした。ビルドはMavenを使う。ドキュメントは英語しかなかったが、この手の英文はそれほど難しくない。

昔から英語が得意なわけでもないし、ドキュメントが日本語化されていると勿論よみやすい。しかし、日本語化されていないからといって、新しい技術を活用できないようでは寂しい。

ある新技術が、日本語化されるまで普及しにくいという現実は、日本のソフトウェア業界にとって不利な面である。最近は新技術のテクニカルな詳細をgoogleで検索すると英語、ヨーロッパ系と中国、インドのサイトが出てくる。日本語で殆ど出てこない情報も他の国のサイトでは膨大に出てきたりする。やばいんじゃないか日本、と思ってしまう。

一方で、日本はエンジニアにとっても日本語という言語によって仕事が守られている面もあると思う。

日本の外の、グローバルスタンダードに晒されたエンジニアは、英語を基本言語として開発現場をわたり歩く。
この競争が激化していけば、発展途上国の安いコストで優秀なエンジニアに仕事が行くのは当然であろう。
日本人のエンジニアを雇う理由が「日本語を使える」ということだけであれば、マーケットは小さい。これまでそれで何とかなったからといって、これからもそういう特殊な環境に甘んじていられるとは限らないだろう。
日本自体の相対的な経済規模の縮小などは、今後避けられないだろうし。

オープンソースの活動などを見ていると、まず日本語化、という活動があったりする。これ自体悪いことでもないし、大変助かっている。
しかしエンジニアのマインドとしては、英語が不得意なので、といって開き直って日本語化ありき、でいるようでは将来は暗いのではないか。

オープンソースの開発手法の成功を見ていると、企業の開発手法すら、世界中のエンジニアが、好きなところに住んでプロジェクトに参加できるようになっていく可能性がある。
つまり技術力と英語というコミュニケーション能力と賃金だけが競争の基準となる世界だ。
そのときに英語を使えないエンジニアは、そのグローバルなコミュニティに入れないことになるのではないだろうか。つまり仕事にあぶれる。

などという私自身、日々勉強であり、自分のプアな英語力に落胆する日々であるが。
posted by りもじろう at 09:38 | Comment(0) | TrackBack(1) | なぜ移住・独立しようと思ったのか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月27日

ニュージーランド!

産後すぐだったこともあってお任せパックで引越しを済ませた。

梱包、荷解きしてくれるのは助かったが、収納はまったく二度手間だった。当日に色々指示をしても思った通りのところに物を入れてくれない。

常識的に、ええ?というようなところに荷物を突っ込まれる。
たとえば、シンクの下に食器を入れたり。

そんなわけで、ほとんど全部自分たちでやり直す羽目になった。
その程度のことで済んだのでまあよしだ。

新しい職場も田舎のおかげで、広くなり快適だ。通勤も田んぼ道を自転車で30分ほど。家族で車でいけるレストランも多い。都会だと幼稚園も徹夜でならんで入園させてもらうというが、このあたりでは各家々にはるばるバスが迎えに来てくれる。
今の我々にとって田舎のほうが快適に暮らせることがわかった。

家や学校などの住環境を家族の状態に合わせて、そのときそのとき自由に変えていければ、効率的で、快適であることを実感できた。大抵の人は自動車を買うときにはそういう発想があると思うが、住環境についてもそうしようという発想にはならないのだろうか。

多くの国で不動産がより流動性が高く、住み替えが頻繁行われている現実をみると日本だけ土着の意識が強いのだろうか。日本の中古、賃貸不動産の割合の少なさがそれを物語っている。

ニュージーランドに住みたいと思うようになったきっかけはアメリカにいるときにあった。
それはアメリカの同僚たちの独立心の強い生き方を見て、なるほどー、そういうのもありかなあ、と思う日々のなかでおこった。

あるとき、私は事故を起こした。怪我は大したこと無かったが、一歩間違えると死んでいた。というか運良く軽い怪我ですんだらしい。

「ふむ。死ぬってのはある日突然あっけなく訪れることかもしれない。」

と思った。これは、やばいと。組織や人に対して不満をいってねちねち暮らしている場合じゃないなと。

その際世話になった日系の病院でたまたま置いてあった雑誌を、診察中の私を待っている妻が読んでいた。

「時任三郎ってニュージーランドで子育てしてたんだね。しかも休業して。」

がつんときた。

詳細はともかく、プロフェッショナルな生き方であるなあと感じた。
ジャパニーズサラリーマンには出来ない業だ。
アメリカの同僚たちや、時任三郎のように、組織と弱い結合関係で、独立して生きていきたい。そうすれば、そのときそのときに、自分たちの住みたい場所に住めるだろうと。組織や人に振り回されて、文句を言って過ごすこともなくなるのではないかと。

ニュージーランドについては知り合いが毎年訪れているといった話や、NHKで子育てについてのユニークな話を聞きかじっていて、興味はあった。
この事件を機に、ニュージーランドについて本格的に調査をすることとなった。

4478053030
ニュージーランド (地球の暮らし方)
4635240835
極楽ニュージーランドの暮らし方

posted by りもじろう at 09:36 | Comment(0) | TrackBack(0) | なぜ移住・独立しようと思ったのか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月26日

家具

前の家は収納スペースが結構しっかりしていたので、帰国時には殆ど家具を買わずに済んでいたのだが、新しい家は押入れ以外殆ど何もない。

そこで食器棚等を買う必要があった。
二人目が生まれる前に、大手の家具ショールームに何度か行って、必要な家具を探した。

しかし、驚くほどしょぼい家具ばかりだ。
表向きはきれいに出来ているのだが、よく造りをみるとちゃちい。一言で言うとIKEAみたいだ。IKEAは自分で組み立てる欧米で人気の安い家具なんだが、日本で探した家具は同じようなクオリティで値段だけ高い。

IKEAの値段だったら納得するのだが(いらんけど)、なぜこんなちゃちいのにこんな値段なんだ。あるいは一方でヨーロッパから輸入したというような馬鹿高い家具しかない。

日本人というは本当に新品がすきなのだなと思う。長年大事に使う、という発想がこれらの家具にはまったくない。古い家具を流通する仕組みもあまりない。

だが、どうも家にしても、家具にしても大衆の消費文化へと誘導されているように思えてならない。古来日本人は物を大事にしたはずなのに。

結局、使い勝手はいまいちだが、雰囲気重視でアジア家具を買った。戸がちゃんと閉まらなかったり、木目が一杯で隙間も一杯あるような家具だが、IKEA系家具よりはずいぶんましだ。

アメリカで買った家具はでかいが、造りはしっかりしている。長く使うとそれがあじになるような木の家具だ。
日本の家具はあじにはならない。こ汚くなるだけだ。

家具、家、そして町並みにいたる一連のこだわりの無さ、古くなると品のない感じ露呈するつくりが、日本にいて感じる最大の閉塞感につながっている気がしてならない。
posted by りもじろう at 09:36 | Comment(0) | TrackBack(2) | なぜ移住・独立しようと思ったのか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月25日

出産

家も決まっても落ち着くわけにはいかない。

出産が待っているのだ。

こういうときに実家の両親というのが大抵手伝いにくるか、妻が実家へ帰って出産というのが普通なのであろうが、うちの場合どうも違う。

妻の母親は出産後手伝いに来ると言ってくれているが、一人目の時もあまり役に立ってもらった印象が無い。妻も実家に帰って産むとろくな事にならないと思っている。親子喧嘩をすぐ始める。

私の親にいたっては、まったくといっていいほど、役に立たない。生まれても子供を見に来ただけ、という具合である。

赴任時に気付いたことだが、他の家ではじじばばから子供向けに膨大な日本のグッズやお菓子が送られてくる。
うちには一度もそんなことはなかった。
観光旅行の拠点として訪れる、という感じだ。
子供に対してメロメロだー、というようなトイザラスで見かけるようなじじばばではない。
どうも、自分たちの人生が忙しいようなのだ。隠居生活とか思っていないらしい。

我々が海外移住したい、と思ったときに最大の阻害要因になりうる親の反対は心配しないで済むだろうと想像がつく。むしろ海外旅行の拠点が増えてうれしいと思っているに違いない。

今回の出産は、私が上の子を家で寝かしつけて、そのまま自分も寝かしつけてしまった後に起こった。

妻は一人で無事に元気な女の子を産んでいた。
ありがとう。惚れた。

よかった。よかった。
この2週間後に引越しが控えていることを除けば。
タグ:引越
posted by りもじろう at 09:45 | Comment(0) | TrackBack(0) | なぜ移住・独立しようと思ったのか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月24日

家探し

引越し先は何とかきまった。
週末を使って、10件ほど見て回る。
それをビデオとカメラでとって、病院の妻に見せた。

今度の事業所は田舎にある。
一戸建ての家を探していたのだが、賃貸でまともな物件などほとんどなかった。
ぼろぼろだったり、異様に入り組んだ道の奥に立てられていたり。
バスの通る交通量の激しい道に直に面した家だったり。
庭にお稲荷さんが祭られていて、近所の奥様が週に2回油揚げを持ってお参りにくる家だったり。

結果、会社の社員の住宅を会社が借り上げているものにした。
新しくて、一番ましだったが、まったく愛着がわかない”うそくさい”家だ。日本の住環境はこんなにもひどいのかと驚いた。田舎暮らしのメリットとも言うべき住環境がこれほど貧相で、人々は何に喜びを見出して生きてるんだと問いたい。

これは賃貸だからというより、その周りの家々も大抵同じようなものだったので、こんな家々にローン組んで人生かけて金払ってんのかと思うと理解に苦しむ。

妻も私も地方出身だが、二人とももう少しまともな実家に住んでいたので、これには驚いた。
会社の借り上げ社宅も大体がひどい。バブルのころに買ったからかもしれないが、こんな家にうちの会社の社員はみんな住んでるのかと思うと、愕然とした。家の築年数からいって、部長クラスになっていてもおかしくない。
現にうちの部長は駅から遠く、狭いマンションに住んでいるという。

まあ、家族を省みず、週末は寝て過ごすだけの人にとっては、どうでもいいのかもしれないが。

さらに夢が無くなる出来事であった。
posted by りもじろう at 10:26 | Comment(0) | TrackBack(0) | なぜ移住・独立しようと思ったのか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月20日

入院

妻のおなかも大きくなってあと二ヶ月ほどで予定日というころ、絶対安静ということで、入院してしまった。

彼女は在宅の仕事もやすむわけにいかないが、病院ではネットワークにつなげないため、朝晩ノートPCを運んでアップデートする必要がある。

1ヶ月あまりも、一人で家事、上の子の送迎、病院への往復の日々が続く。

病院への車のなか、

「お父さん、おしっこー」

「もうちょっとがまんしな」

「がまんできないー!えーん。」じょー。ぼたぼた。

くー...

病院のトイレに駆け込み、パンツを脱がせる。着替えが無い。
怒りのあまり、ぬれたパンツを投げ捨てる。
こうなりゃ、トイレットペーパーでぐるぐる巻きだ。

そのまま病室へ。
娘よ、すまんかった。

別の日の帰りの車。時間にあせって無理に通ったことも無い細道を進む。

ガリガリガリ

車の側面を突起物に巻き込む。

「うおー。」と叫んだところで何も変わらない。

疲れすぎてるぜ。俺。

そうこうしているうちに事業部の引越しが決まった。

数年前に組織変更で大移転があったというのに、また移転である。
日本に帰ってきて半年あまりで、また引越しだ。

これから一人で家探しもしないといけないのか。
タグ:家探し 引越
posted by りもじろう at 10:02 | Comment(0) | TrackBack(0) | なぜ移住・独立しようと思ったのか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月19日

またやってる

隣の部では相変わらず外注丸投げをやっている。

社内二人で、日本のSIベンダーへ丸投げだ。で、その会社は恐らくインドか中国に丸投げしているようだ。中継役として要求をドキュメント化するのが主な仕事になっている。

社内の担当者にヘルプする必要があったため、何度も会議を開いて社内のライブラリなどの説明をしたりして、少しばかりの関わりをもった。
やばい匂いがしていた。

プロジェクトも佳境に入って、ベンダーから質問状が届く。
見ると私が担当者に何度も説明した基本的なことがあがっている。

担当者、実は何もわかってなかったのか!

しばらくするとベンダーにいって、説明してくれという。

「ここは、こういう仕様ですから実装難しいですよ」

と私がいうと、

「ははは、そーですねー。」

とへらへらした調子でいる。
当事者意識がまるでない。

それはそうで、彼らもドキュメントを作って、作らせる立場だからだ。

製品リリースまで後数ヶ月というところになった。
まともに動くものがない。

担当者はベンダーのオフィスに入り浸り、徹夜、休出を繰り返す。
一人が倒れる。

予定の出荷日にやっとαと称するものが入荷。
まともに全然動かない....

部長の怒号、
「当部門を背負って立つ重要プロダクトだ!」
「なんとしても出荷しろ」

じゃあ、なんで社内数人で、丸投げなんだと..

勿論、結果は無残。出荷停止。契約破棄。億単位の金と時間が徒労に終わる。

社内での開発に切り替えることとなる。他のプロジェクトへの影響も大きい。リリースも1年先送りだ。

あほなのか?

posted by りもじろう at 10:08 | Comment(0) | TrackBack(0) | なぜ移住・独立しようと思ったのか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月18日

レビュー

1月ほどしてアーキテチャレビューを行った。

プレゼン資料と簡単なデモができるように準備を整えた。クラスタリングのデモも出来たほうがよかろう。アーキテクチャや、適用する技術についても恐ろしく丁寧に資料を作成した。

ありがたいことに、部長は活発に質問してくれる。おかげでレビューは非常に明るい雰囲気で進んだ。

ただ、質問が恐ろしく的はずれだったことを除けば。

最終的なコメントは、
「説明が難しすぎるなあ。まあわかっている人間がプレゼンするとついそうなっちゃうだよなー。」
「デモというのだからもうちょっと動くものが見れると思ったぞ。」
「まあ、その調子でがんばって。」

であった。
何をがんばるのかわからんし、これ以上どう簡単に説明していいかもわからなかった。小麦粉の意味が分からないにパンの作り方を教えることが可能なのか。デモといっても、目的はアーキテクチャレビューだし。

だが、全面的に信頼されていて、この調子で進めていいということだけは伝わってきた。それでよかろう。

アメリカではレビューといえば、微にいり細にいり確認され、訂正された日々であったのに。

ベースには、日本は部下を性善説に基づいてマネジメントをしていて、アメリカは性悪説でマネジメントするためであろう。

なので日本は細かい仕様などマネージャーは全然気にしない。よきに計らえ、である。一方アメリカのマネージャーは異常に細かく見る。(勿論その人の性格もあるだろうが)

一度は私が作ったXMLの定義書を見ていた私のボスが、

「これはユーザーが目にするものだから非常に重要だ」

といって休み中の部長に電話をして

「これこれのElementの命名はxxxでいいか」

などとやっている。恐るべき細かさだ。

日本でこんなことをやったら無能扱い間違いなしだ。
posted by りもじろう at 10:20 | Comment(0) | TrackBack(0) | なぜ移住・独立しようと思ったのか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。