2008年05月08日

宇宙飛行士の給料

今JAXAが10年ぶりに宇宙飛行士を募集(pdf)している。

書類選考から第三次選抜まで数百倍の難関である。
選ばれるのは、語学力、健康、学歴、運動能力、医学的倫理学的特性を期待される人材である。
選ばれた後に、何年もかけてトレーニングがあるが、宇宙に出られるかどうかは分からない。
宇宙飛行士に選ばれたとして、スペースシャトルからステーションに行けるとする。
あくまでも未知の世界への挑戦であり、旅客機にのるような安全性は期待できない。

さらに、かつての宇宙飛行士のような名誉職でもなくなっている。
毛利衛さん、向井千秋さんのような知名度は期待できない。


宇宙航空研究開発機構職員給与規程によります。
○採用時本給
大卒 30才 約30万円
大卒 35才 約36万円
なめとんか。
○諸手当:扶養手当、住居手当、通勤手当、特殊勤務手当、他
特殊勤務手当、これが本給より多いことを望む。
いい加減、年齢で給料きめるのはやめてほしい。

これだけの基準で選ばれる人が、どういうポジションでどういう仕事をしているか少し考えてみれば、どれほど異常なことか分かるだろう。

勿論金だけじゃないが、宇宙へのロマンで人を集めようとするのはどうなのだろうか。
しかも
(9)10年以上宇宙航空研究開発機構に勤務が可能

メーカーいじめだけが生きがいの腐ったおっさんの巣窟のなかで、余生を生きていく辛さを考えると、涙なしには語れまい。

実際、どれくらい応募があるかは担当者としては気が気ではないはずだ。数百倍というのは実は彼らの期待しているものより低いだろう。
NASAの場合は、個人の能力により一年で$65,140から$100,701だという。

ちなみに学生の時に応用物理学会で毛利さんと同席する機会があった。そこで喜んでサインを貰ってしまったミーハーな自分を心から恥じる。

毛利さん、あの時はすいませんでした。若さゆえの過ちでした。
posted by りもじろう at 11:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2008年04月28日

杉原輝雄という生き方

杉原輝雄というプロゴルファーがいる。

sugihara.gif

尊敬する人とかいうのもおこがましいぐらい、凄いプロフェッショナルである。

非常に自分に厳しく、他人に優しい人である。
例えば、人と約束したときは、30分前にはそこに着くように出かけるという。渋滞かなにかで相手に迷惑がかからないようにということだろう。コースでも後ろのパーティのことを考えてか、打つとボール目掛けて、すぐに走る。そんなことをするプロは普通いない。

縁があって、私が学生の頃に家族でご自宅に何度か呼んでもらったこともあった。

ゲストにも恐ろしく気を使う人だった。
例えば、いいワインをどんどんあけて、ゲストのグラスが空くとご本人がすぐに注いでくださった。
ジョークも途絶えることがない。

奥様も気さくで明るくて楽しい方だ。
こちらは緊張して、何をしゃべっていいかも分からない状態なのだが、和やかに迎えてくださった。

試合中、普通のプロだと神経を集中させているため、観客と話をしたりすることも少ないが、杉原プロは私たちを試合中見かけると、ニコニコと近づいてきて、

「ああ、来てくれたんか。後で食事していけるやろ?クラブハウスで待っとってや。」

とか、気さくに声をかけてくださったのを今でも覚えている。
いや、そんな我々のこと気にしてもらわんと、試合に集中してくださいよ!とかこっちが気になるぐらいだ。

1997年に前立腺ガンが見つかって、手術するか、投薬治療をするか、という岐路にたった。
手術をすれば、半年ほどはゴルフが出来なくなるというので、投薬治療の道を選んだ。
普通の人だったら、手術すればいいのに、で終わる話かもしれない。ただ60歳近くになって、手術して入院することは選手生命を絶たれる可能性もある。

70歳になった最近になって、リンパ筋に転移している可能性があることが分かった。

「転移していたら大変やが、気にしても仕方がない。(がんに)立ち向かっていくしかないよ。」

 「可能性としてはリンパ節に転移していることもありうる。だとしたら、あと何年ぐらい生きられるか。3年とか5年とかかもしれん。そりゃ、気分的には決してええもんやない。でも、この年まで生きられたんやし、しゃあないやろ。」

「(手術を勧めた)医者の言うことを聞かなかったが、後悔していない。」

試合後に、他のプロがクラブハウスでのんびり食事とかしているときに、一人雨の中でその日冴えなかったバンカーショットの練習をしている杉原プロ。
そんな話は枚挙に暇がない人だ。

シニアに出る歳になっても、現役のツアー出場にこだわった。
「シニアに出るためにプロになった訳やないからな。」

世界最年長予選通過記録を68歳10ヶ月で作った。
優勝回数は国内男子プロとしては尾崎将司、青木功に次ぐ歴代3位だという。

勿論本人は無理して、苦労してゴルフをやっているつもりはないだろう。好きなゴルフをやって死ねるならいいと思っているに違いない。
寧ろ死ぬまでゴルフをやり続けたいのだと思う。

こんな風に仕事を生涯続けられるのは幸せなことであろう。

こういう人をプロというのだ。
posted by りもじろう at 11:25| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記

2008年04月24日

無趣味のすすめ

幻冬舎「GOETHE」の創刊号にこうあった。

無趣味のすすめ ―村上龍

 まわりを見ると、趣味が花盛りだ。手芸、山歩き、ガーデニング、パソコン、料理、スポーツ、ペットの飼育や訓練など、ありとあらゆる趣味の情報が愛好者向けに、また初心者向けに紹介される。

趣味が悪いわけではない。だが基本的に趣味は老人のものだ。好きで好きでたまらない何かに没頭する子どもや若者は、いずれ自然にプロを目指すだろう。


 老人はいい意味でも悪い意味でも既得権益を持っている。獲得してきた知識や技術、それに資産や人的ネットワークなどで、彼らは自然にそれを守ろうとする。

だから自分の世界を意図的に、また無謀に拡大して不慣れな環境や他者と遭遇することを避ける傾向がある。


 わたしは趣味を持っていない。小説はもちろん、映画製作も、キューバ音楽のプロデュースも、メールマガジンの編集発行も、金銭のやりとりや契約や批判が発生する「仕事」だ。

息抜きとしては、犬と散歩したり、スポーツジムで泳いだり、海外のリゾートホテルのプールサイドで読書したりスパで疲れを取ったりするが、とても趣味とは言えない。


 現在まわりに溢れている「趣味」は、必ずその人が属す共同体の内部にあり、洗練されていて、極めて安全なものだ。考え方や生き方をリアルに考え直し、ときには変えてしまうというようなものではない。

だから趣味の世界には、自分を脅かすものがない代わりに、人生を揺るがすような出会いも発見もない。心を震わせ、精神をエクスパンドするような、失望も歓喜も興奮もない。

真の達成感や充実感は、多大なコストとリスクと危機感を伴った作業の中にあり、常に失意や絶望と隣り合わせに存在している。


 つまりそれらはわたしたちの「仕事」の中にしかない。

さらに「半島を出よ」にこうある。

趣味的というのは、みんなにもっとも忌み嫌われている言葉の一つだった。ゲートボールをするじいさんばあさんを連想させた。

中略

趣味に必要なのは時間的、経済的、精神的余裕で、そんなものを持つ人間はここには一人もいなかった。だから趣味的というのはひどい屈辱だった。

今の状況で考えると、この話は心から納得できる。
大企業でサラリーマンをやっていたときは、陶芸だのダイビングだの、ゴルフだの、暢気にやっていた。これは趣味以外の何物でもない。

大企業にいることで、将来安泰であるという既得権益を得て安心しきっていたからこそ出来たことなのだ。そういう意識があるからこそ、人は35年ローンで家を買ったりできるのだ。

なので、趣味を楽しめる人は、老人か、既得権益で悠々自適か、既得権益を得ていて、将来も安泰だと錯覚している人しかいない。
で、私は錯覚していた部類の人だったのだ。

今の生活では、とても趣味を楽しむ余裕はない。郊外にでてランチを楽しんだり、庭でバーベキューをしたり、芝刈りをしたり、子供と遊んだり、勉強を教えたりしているのは趣味ではない。
ましてや子供を寝かしつけてから、副業しているのは趣味ではない。
今となっては、観光旅行とか、とてもじゃないが出来ない。


20代までに色々なことに挑戦してみて、自分が面白いと思えることを見つける作業は、一見すると趣味的ではあるが、多分それは趣味ではないだろう。いずれプロを目指す、ということだ。
だから、面白そうなことに挑戦してみることはどんどんやるべきなのだろうと思う。

だがある程度の年になって、そういうことをやるのは趣味なのだ。で、趣味でそういうことをやれるというのは、余裕のある証なのだ。

一番痛いのは、余裕も無いのに、余裕があると勘違いしていて、趣味とかのんびりやっていることなのかもしれない。

少し前の自分がそうだったのだと気付いた。
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2008年04月10日

スデニコノ否塞ノ運ニ際ス

坂の上の雲では、日清戦争についてこうある。

「派閥抗争は老朽化した国家の特徴である。かれらは敵よりも味方のなかの他閥のほうをはるかに憎む」と、なげいた。
結果は、丁汝昌の心配どおりになった。日本の第二軍が上陸するや、清国陸軍はほとんど抵抗することなく砲台をすてて逃げた。

要するに日清戦争は、老朽しきった秩序(清国)と、新生したばかりの秩序(日本)とのあいだにおこなわれた大規模な実験というような性格をもっていた。

中略

「もとより一、二の君臣の罪ではない。制度がわるいのである。その従来墨守してきた清国の制度の幣こそこの主要原因である。たとえば、官吏を採用するにあたって、文章試験をおこない、文芸の士を官僚に採用する。それが階をすすめて政治をとるにいたる。その制度はすでに千年前のものであり、依然として千年後にもそれを墨守している。なるほど制度そのものからいえばこれはかならずしも善美でないとはいえない。たとえば清国が世界から孤立しているという状態におくならばである。しかし一国の孤立独往は、こんにちの世界情勢ではのぞむべくもない」
「三十年前」
と、伊東(祐亨)は維新前後をいう。
「わが日本帝国がいかに困難な境遇にあり、いかに危険な災厄をのがれ得たかということは閣下のよく存ぜられるところであろう。その当時の日本は、自分の独立をまったくする唯一の道は、一国の旧制をなげすててあたらしい秩序にきりかえる以外にないとおもい、それを唯一の要件とし、それを断行した。そのおかげでこんにちの状態を得た。貴国もこれをなさらねばならない。これを要件となされよ。もしそれをしなければ早晩滅亡をまぬがれぬであろう。」

池田信夫blogの「失われた10年」の誤った教訓にこうある。

本質的な問題は、戦時体制以来(あるいは明治以来)つづく官僚社会主義にあり、それはほとんど変わっていない。90年代は、その最大の危機だったが、大蔵省は100兆円以上の負担を国民に押しつけて旧体制を守りきった。

これを読んだときに、上記を思い出した次第である。
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2008年04月08日

農業国の時代?

ポータブルナビを買って、この手の家電商品は北米では世界的競争に晒されているのだなあと実感したのであるが、以前から気になっている商品がある。

brother.jpg

プリンターだ。とくにこちらはブラザーのレーザープリンター複合機。
こちら先週末のBestBuyで$99.99。

いくらトナーカートリッジで回収するビジネスモデルかもしれんが、よくわからん値段になってきた。

カラーレーザーでも$200台からある。

日本では同モデルはないようだが、この下位モデルでも18,000円以上している。同等だとこれか

仕入れ値は販売価格の6割ぐらいだろうから、$60とかでメーカー販社から出ていることになる。メーカー本体からはさらに3割減の$40ぐらいか。

こういうエンタテイメント性もファッション性もない製品なんて、機能がある程度差別化できなくなるととことんまで値段勝負になる典型的な事例であろう。

たまたま読んだ幸運に過ぎなかった「食糧輸入大国日本」( 08/4/7)にこうあった。

普通は工業国の方が「お得」と思うかもしれない。工業製品の方が付加価値は高そうだし、技術革新もあるし、いかにも先進国という感じがする。ハイテク産業を育成して、世界的な企業が続々と誕生する、となればますますカッコいい。おそらく世界中の国の指導者が、そういう産業政策を思い描いているのではないだろうか。

 しかし考えてみてほしい。ここ数年、工業製品の価格は下落が進む一方だ。そして昨今の国際競争の激しさを考えると、このトレンドが逆転する可能性はきわめて低そうである。何より、中国やインドとコスト競争をしなければならないということは、利益なき繁忙を覚悟しなければならない。加えて工業国は環境問題もあるし、資源も大量に使うので、今から目指すのはあまりお勧めではないようである。

そして農産物への需要は確実に増えている。世界の人口は増える一方であるし、新興国では経済成長によって生活水準が飛躍的に向上している。人はケータイやPCがなくても生きていけるが、メシは毎日食わないことには生きていけない。さらに言えば、農業は国土の環境保全にも役立つ。今の時代は工業国を目指すよりも、実は農業国の方が有利なのではないだろうか。


そして筆者が出張していたニュージーランドで、

農業国の立場は強くなり、工業国の立場は弱くなっている。ニュージーランドと日本のバランスも、少しずつ変わりつつあるように思える。


というのだ。日本に変わって中国がニュージーランドの上客に取って代わろうとしているという。


うーむ。これからは農業か。
posted by りもじろう at 10:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2008年03月11日

技術者軽視の風潮の行く末

ハコフグマンさんのこのエントリーは身につまされる。
産業のコメともいわれる半導体。その物性の研究において日本は世界のトップを走ってきた。しかし、こうした分野はあと10年もしないうちに、中国やインドに追い抜かされるだろうということだ。次第に国内では人気も無くなり、若い人材も集まらなくなってきた。
私も大学では物性物理を研究していた。研究は地味なデータ収集の繰り返しであったし、体に悪そうな怪しい薬品も使うし、男ばっかりだし。

会社に入れば少しは華やかなことが出来るかと期待したのであったが、配属先は半導体のプロセスであり、ほぼ同じであった。

むしろ大学と違って一切の理屈ぬきで、歩留まり重視なのであった。材料メーカーから材料を買って、ひたすらデータをとり、結果を材料メーカーにわたす。
装置メーカーの装置を評価し、歩留まりが少しでもよくなるように装置を動かす。そこは理屈よりも職人の勘みたいな世界であった。

当時は、この自分のやっていることの本質が把握できない、全体像が見渡せないことが不安で仕方なかった。
「賽の河原の石積み」ともいえるようなこの作業に進んで若者(ただでさえ少子化で希少価値の上がっている)が入ろうとするはずがない。
そうそう。まさにそんな感じであった。
で、それよりも自分の作ったものが、目の前ですぐに結果としてわかるソフトウェア開発のほうが面白くなっていったのであった。
だが、これまで日本が積み上げてきた基礎科学のノウハウまでそう簡単に真似することはできない。セレンディピティという言葉も一時流行ったが、ブレークスルーというのは偶然生まれるものではない。最後には第六感のようなものが重要だが、そこに至るプロセスにおいては、これまでの研究の積み上げがもたらす膨大な知の集積が、必ず勝負を分けるという。半導体などの技術開発レベルは世間一般が思っているより、日本はそうとう高いレベルにある。
しかし、今思えば、基礎科学に限らず、プロセス、歩留まり向上のためのノウハウは、実は相当奥が深い。
よくわからんが、こっちからこういう角度で塗布するといい、とか湿度何パーセントが肝とか、そういうノウハウの蓄積なのである。
まあ、装置メーカーはメーカーから得たそのノウハウを次世代に盛り込んでしまうので、海外のメーカーでも金出せば手に入ったりもしてしまうのだが。
膨大な知の集積を理解することが前提の現代の科学においては、その知識の山から逃げてはいけない。これから10年の間に、中国とインドの猛追を振り切るだけの成果を日本の科学が上げられるかどうか。それは今、20代30代の若手のがんばりにかかっているし、それだけの潜在能力は日本人にある。今こそ、若手の研究者を厳しく大事に育てていかなければいけない勝負所なのだそうだ。
潜在能力はあるが、その苦労に対する費用対効果こそが問題であろう。給料だけでなく、たとえば測定装置を使うのに徹夜しないといけないとか、自動化できる測定を入社していきなり一日中、毎日毎日やらせるとか、そういう扱いを受けたエンジニア(私)としては、「今まで大学で研究してきたことはなんだったんだ?」「エンジニアって何?」とかなってはやる気もうせる。
しかも真面目に地道に生きても、こうした技術者が40代半ばになればリストラに遭うという過酷な現実も90年代後半に見てしまった。
ましてや半導体の集積化は私がやっていた10年以上前からもう限界だといわれ続けている。
そんな世界に今から果敢にチャレンジするのは相当勇気の居ることであろう。
理科系においてもコモデティ化していく基礎科学分野から若者は逃げ出している。だが、先生が言うには、最後にはこうした学問的な積み重ねから逃げていては決して大きな仕事はできない。
ただ、コモデティ化していく分野というのは逆に言うと、世界中でリソースとしてニーズがあるということの裏返しでもある。
まだまだ先を行く日本で得られる技術と経験を武器にして、必要とされるところで生きていくというオプションもありかと思う。

逆説的だが、そういう流出を食い止めることで理系の地位向上につながるのではないだろうか。
などと、出て行ったくせに偉そうに言ってみたりする。
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2007年11月24日

研究開発人材の質量低下

研究開発人材:5年で質量とも低下 文科省調査というニュースがあったが、元ねた(pdf)を見てみた。

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うーむ。なんとも絶望的な展開ですな。

ポスドクで就職先がない、というのはよく聞く話だ。
そんな状況で基礎研究の人材育成とかいうなと。

日本なんて、ここだけが命綱なんじゃないのかとも思うがなあ。

まあ、異国で働いているお前がいうなという話でありますが、私も仕方なかったもので。
posted by りもじろう at 12:00| Comment(1) | TrackBack(2) | 日記

2007年11月15日

日本人の英語 その2

英語についてのエントリーを書くと、熱いコメントをいつもいただく。
それだけ感心が高い問題なのだろう。

さて、少し言葉足らずだったので、もう少し補足をさせていただくと、日本人の英語力の絶対レベルが他の国に比べてどれくらい下のほうにあるのか、ということをいいたかったのではない。(まあ、それはそれで問題だが)

そちらよりも、カナダ人に聞かれた「最近の若い人は出来るようになって来ているんだろう?」という質問に対する答えである。

やはりこのカナダ人もそうだし、私も感じているのは総じて英語が出来る人がノンネイティブの国で増えてきているのでは、という実感である。

そして現実にこの統計情報だとそういう傾向が見られる。

一方本邦については、一向にそういう兆しが見られないのだなあ、ということだ。
例えばこちら。(pdf)
toeic2.jpg

産業革命以来、西へ生産拠点を移していく過程(イギリス->アメリカ->日本->韓国・台湾->中国・インド)の中で、恐らく日本という国は、幸か不幸か、グローバリゼーションとか英語が国際語として十分に認知される前の時代に生産活動の場として勃興した国であるということが原因なのではないか。

いいものを作っていけば、英語力など無くても商品の競争力で売れる時代を享受できたのであった。

その成功体験は実は今でも脈々と受け継がれている。

いいものをつくれば売れる。すごい研究をすれば海外から話を聞きに来る。

そういう意識は根強いし、そういう一面は今でもあると思う。

その結果、外国語を習得するということにかけての熱意というものが、日本以降の生産拠点の人たちと、大きく異なるのではないだろうか。

なので、TOEICで700前後しか取れない人を英語の先生などといって受け入れていられるし、本人たちもそれほどの危機感とか羞恥心が無いのではないだろうか。

その成功体験がいつまで通用するのか、というのが今問われている気がするのだ。
posted by りもじろう at 12:29| Comment(2) | TrackBack(3) | 日記

2007年11月06日

外注丸投げの弊害

平たく言えばアジャイル的で最新技術で開発するのがGoogle(とおそらく欧米の大半の企業)で,いまだに大昔のバリバリのウォーターフォールが生き残っているのが日本企業であるのだと.

「カスタムメイド」というが,この点についてはGoogleの方がカスタムメイドなはずです.日本のはせいぜいレゴのマインドストームを組み立てて「ほら,今までにない画期的なロボットを開発した」と言っているようなものでしかない.逆に言えば,組み立てしかやっていないからこそ,大した技術がなくてもなんとかなるのです.

IT業界のネガティブイメージ


NASAやIBMなんかではウォーターフォールでしっかり開発していて、コーディングに入るまで入念な設計とドキュメント作成を行うと聞いたことがある。
ある程度、業務フローが明確なシステムならばあり得るのだろう。
なので、手法の問題というよりは、日本で問題なのは、無策な担当者が外注丸投げをウォーターフォールでやっているからではないのかと思う。


前職で、サプライチェーンマネジメントのシステムをグループのシステム担当会社が開発した(丸投げで)。

業務系のプロダクト管理用のシステムであり、工場出荷から、ユーザーまで在庫を一元管理できるという触れ込みで多額の資金をつぎ込んで開発された。

さて、運用を開始して暫くしてから、ソフトウェアプロダクトもその在庫管理システムに乗せて管理することとなった。

ソフトウェアプロダクト自体はサイトから自由にダウンロードできるものだ。

さて、ここで大変な事態が発見される。
工場から顧客まで”物”が流通しないとシステムが運用できないことに気付いたのだ。
そう、物理的な物品が動かないといけないのだった。

で、どうしたか。

ライセンス証書なるものを印刷して工場から出荷することにしたのだ。
(システムを改修しようとかは思わない。もう戻れない。)

ワールドワイドに物を売っているため、顧客から発注があって、ライセンス証書を印刷して、出荷して、遠くのお客に届くまでに1-2週間はかかる。

ソフトをすぐにダウンロードできるのに、実際に使えるようになるのに、こっちの都合で1-2週間も待たせるという。(殿様商売)

さらに驚くべきことがあった。
工場から出荷するための適当な入れ物を見つけないといけない。
ちょうどいいサイズのダンボールケースがあったので、それに入れて送ることにしたという。

で、工場の規定により、そのダンボールの強度検査、落下試験などを施したというのだ。
ライセンス証書が、どれくらい壊れたらNGなのかは不明だ。

こういうブレインレスの顧客を相手にシステム開発するというのだから、まあ「大した技術がなくてもなんとかなるのです」ってことでしょうかね。


この話を聞いたときには、眩暈と共に、これは急いで転職せねば、と思ったものですなあ。
posted by りもじろう at 20:59| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記

2007年11月02日

アルファブロガーアワード2007

なんと、アルファブロガーアワード2007にノミネートいただいた!

しかも推薦者はアンカテのessaさん。

なんと光栄な..

ありがとうございます。


ノミネートされている他のブロガーの方々を見ると、なんだかすごい人たちばかりですなあ。

だいぶ場違いな感じですが、どうぞ投票よろしくお願いします!(笑)

essaさん、カナダに来るときにはうちに泊まっていってください!(公私混同)
posted by りもじろう at 11:33| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記

2007年10月26日

強制労働の文化

JavaBlackさんのところの産科医が年間300件の分娩するまで問題はないという記事を読んだ。

なんだか某業界を見るようだ.

1. 営業が赤字案件を取ってきた.
2. 開発が月100時間残業でなんとか間に合わせる
3. 営業は次からは残業100時間込みで見積もりするようになる.
4. 残業時間が200時間,300時間と増えていく.
5. 開発メンバーが辞めはじめる.(今の産科医療はここ.)
6. 会社が潰れる.

ふーむ。そういうスパイラルだなあ、確かに、と妙に納得。

そこで紹介されていた、masayangさんのエントリー
「生産性を向上させても、その分仕事を追加されるのがオチ」と考えている人が少なからずいる


あとJavaBlackさん経由で、城繁幸さんの、休まない国、日本というエントリー。
更に雑感@取材のここ。

「勝ち組という幻想にこだわるよりも、既に既存の価値観が破綻していることを
 認めたうえで、新しい価値観を探すべき」

まったく、そのとおりだと思う。
僕の知人、特に30代男性には、どうやったら
「ドラマみたいに出世して、家を買って、嫁を専業主婦に出来るか」
という強迫観念にとりつかれたような人間が、結構いたりする。

そのためにビジネススクール通って、休日出勤して、上司の引越し手伝って…
と、あがいてみるのも一つ人生ではあるのだろうけど。
そういうのがいいという人がやればいいのであって、万人向きじゃないな、という気はする。

要するに、諦めちゃえばいいのだ。
向いてないことにエネルギー使うよりも、楽しいと思えることに使った方が、きっと充実した人生になると思う。
“スローライフ”や“スローキャリア”といった言葉が登場したのは、ここ数年の話だ。
これらは従来の価値観からすれば、ただの“諦め”で一括りにされてしまうかもしれない。
でも、そこから何か新しい価値観は生まれるはずだ。
彼の生き方は、とても重要なヒントを示しているような気がしてならない。


ああなるほど。しかし自分では諦めた、という感覚はなかったなー。元の会社の多くの人と話がかみ合わなかったのが分かった気がした。

これらのエントリーを見て思ったことが一つ。

もしこの様な強制労働現象が欧米地域のどこかの国で起こったらエンジニアはどうするか。確実に他の国に移住するだろうってことだ。

日本という国は日本語という防壁のおかげでグローバリゼーションから身を守られている部分もあるが、日本語のみという障壁のおかげで、無理強いさせられていることも沢山あるのだなあ、と。

もう、生命維持活動そのものが危うい経済状況になって、美しい日本語、とかいってられん時代になりつつあるのではないか。

日本人が英語できないのは陰謀なのじゃないかっ!とか思うぐらいだ。

日本中どこいっても同じ強制労働を強いられて、それ以外の選択肢がない状況はつらい。

そんなわけで、英語の勉強をもっとやるぜ!と意気込むのであった。
posted by りもじろう at 10:46| Comment(2) | TrackBack(3) | 日記

2007年10月23日

半導体工場の売却について

例の半導体工場の売却の件である。

最先端ラインのみ売却し、新会社設立だという。
これは考えてみると凄い話だ。

今までの日本の半導体のラインというのは成長(微細化)が前提で投資が行われるサイクルであった。

つまり、

1.最先端ラインの構築
2.歩留まり向上
3.安定稼動
4.償却完了
5.見込みでつくりだめ、後、人件費の安い国へ装置売却
1へ戻る。

という繰り返しだ。勿論売却しないで、最先端プロセスの必要ないプロダクト向けへの転用という場合もあるが、基本的に装置の運用コストと人件費が高い国ではなかなか見合わないのが現実だ。

ニーズが減ってきたから日中だけラインを動かすとか、一般的な工場のラインのようにはいかない。

で、最先端ラインを売り飛ばすってことは、今後これ以上の微細化を進めることはないということだ(当たり前)。

ということで、古いラインはどうなるのか。
数年は現用のプロダクト向けに生産が続く。

が、5年後になって、まだ同じものを作るのか?

微細化の進んだラインで、同じものを1/2のコストで作れるようになっているのに?

ということは、残りのラインはいずれ売却されるなどの処置が遠くない未来に待っているといえよう。

そのとき、でかい工場の従業員や設備はどうなるのか。

今回最先端ラインしか買い取ってくれなかったということは、後は要らなかったということなのだろう。

JMMの真壁昭夫(信州大学経済学部教授)の記事が興味深い。

それによると、わが国の家電メーカー(その中には、産業電子や重電部門を持つ企業も深まれています)のパラメーターは、過去十数年間着実に低下していることが分かります。また、携帯電話や半導体など個別の製品の世界シェアの推移を見ても、顕著に低下していることが見て取れます。特に、80年代、わが国が“世界の工場”といわれていた時期、世界シェア約8割を誇った半導体が、韓国や台湾メーカーからの追い上げを受けて、約7%まで落ち込んだことはとても印象的です。  

そこでの疑問は、何故、わが国の電機メーカーの競争力がこれほどまでに下落したのかです。たぶん主要な要因は三つあるのではないかと思います。一つは、わが国の賃金水準が高いことです。製品のプロダクトライフサイクルを考えると、製品の発売初期段階では、技術力が大きな要素を占めることが一般的です。その段階では、日本企業が優位性を持っていたと考えられます。  

ところが、製品が出回り、ライバル企業が技術をキャッチアップしてしまうと、技術的な優位性は維持できません。そうなると製品はコモディティー化し、差別化が困難な段階に至ります。そして、競争力の主なメルクマールは生産コストになります。その場合、最も大きなコスト要因は人件費になりますから、賃金水準の高いわが国の企業には不利になります。  

二つ目の要因は、わが国の家電メーカーの再編が遅れていることです。わが国の企業再編の遅れは家電メーカーだけに限りませんが、この分野はビジネススクールのケーススタディーになるくらいの典型例といわれているようです。この分野には、数多くの相対的に規模の小さな企業があるのですが、世界の有力企業に匹敵するような規模の企業は極めて少数です。  

企業規模が小さいと、多額の製品開発費負担に耐えることは難しいと思います。また、企業数が多いと、国内の限られた研究者などの資源が多数の企業に分散します。それは、経済のグローバル化が進む現在、企業にとって有利な状況ではありません。  

もう一つは、ビジネスモデルの問題です。わが国の家電メーカーが世界のトップから落ちるとき、二つの方向からの脅威を感じたはずです、一つは、韓国や台湾などの下からの追い上げです。もう一つは、欧米の有力企業が、知識集約性・付加価値の高い分野を見つけて、そちらへとビジネスモデルを変えていったことです。  

わが国企業は、下からの追い上げにさらされると同時に、欧米の上位企業の動きにもついていくことが出来なかったようです。その結果、当初は高いマーケットシェアを誇っていた分野で、いつの間にか、ほんの僅かのシェアを握るだけの地位に追いやられることになったと考えられます。
 

7%ですか..
確かに欧米の上位企業にもついていってませんし。
再編おこるでしょうなー。


かつて、NHKスペシャル 電子立国 日本の自叙伝なる番組をわくわくして見たものだがなー。さびしいぜ。


例の工場、知り合いがいるのでメールしてみたら、こんな返事が返ってきた。

先端開発はやらないって方針がでたので、
半導体の先は見えていますよ。。

むしろ何処が買っても、超リストラやってスリム化して利益を出し続けて欲しいと思ってるぐらい。。

日本で製造業やること自体、半導体同様に難しいことで、
何か特別な付加価値があるビジネスじゃないと、将来は厳しいでしょうね。。
やっぱり公務員かなぁ〜


やっぱ公務員ですなー。


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2007年09月20日

開発スタイルの違い

日本のベンダーとの打ち合わせのときのことだ。
パフォーマンスが出ない件で、それについて議論していた。
ベンダーの開発リーダーと、私とアーキテクトとでのやりとりである。

開発リーダー「...という設計になっています。」

私「ということは、ここがボトルネックになっている可能性がありませんか」

開発リーダー「少々お待ちください」
電話をかけに行く。

暫くして、

開発リーダー「すいません。先ほどの説明は間違っていまして、xxでした。」

アーキテクト「では、なぜここにキューが二つもあるんですか」

開発リーダー「ちょっと待ってください。」

また電話。

開発リーダー「ここは、担当者が換わったので、それぞれでキューを設けてたみたいで」

アーキテクト「なるほど。これは無駄ですよね。」

開発リーダー「そうですね。」

という調子で、説明も二転三転するし、確認の電話が多い。

うーむ。典型的な展開だ。
全体像を把握できていないので、各担当者がよかれと思ってやっていることが裏目に出たりしている。

この開発事情はよく分かるだけに、なんとも遣る瀬無い話である。

一方で北米の会社の場合も、問題はある。

たとえば、人の出入りが激しいので無駄に引継ぎ業務が膨大に発生している。

お客に対しても、
「すいません。担当者が辞めたので、もう一度新しい担当に説明してください。」
とか、平気でいうし。

まあ、だからこそ担当者に任せられないという事情が、ドキュメントを揃えるとか、フォーマットを共通にするとかで、チームでの知識やビジョンの共有を進めようという動機になっているのかもしれない。

このあたり、両方のよさを取り入れられたらすごくいいんじゃないのか、とか思う。
posted by りもじろう at 10:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2007年09月11日

英語が出来ない日本人

一緒に来日しているカナダ人いわく、

「ちょっと驚いたよ。今回会ったクライアントは誰も英語が話せないだろ?
しかも、このホテルのレストランのスタッフまで英語が出来なかったし。」

確かにフロントの人は話せるが、レストランのスタッフは出来ない人が多かった。
これだけ外国人がくるはずのところであるのにだ。

「逆に、北京に行ったときに驚いたのは、昔行ったときと比べて、すごい英語が上手になってるんだ。レストランとかでも。
香港のほうが出来ない人が多いぐらいの印象だったよ。」

「正直言って、日本みたいな先進国で英語がここまで出来ない国は他にはないんじゃないかな」

確かに、大抵の先進国のホワイトカラーやホテルなどのサービス業の人は英語が話せる印象がある。

「さすがに日本の若い人は英語話せるようにはなってきてるんだろう?」

うーむ。最近はどうなんだろうか。
娘が行っていた幼稚園でも英語のクラスとかあったし。

しかしまあ、英語はまじでしんどいんすよ。日本人には!
この苦労、わからんだろうなあ。
posted by りもじろう at 15:42| Comment(8) | TrackBack(0) | 日記

2007年09月07日

無事到着

いきなり、乗る前から

「台風のため大阪に向かいます」

というげんなりするアナウンスであった。

が、幸い台風の進行が遅かったため、成田に着陸できた。

もし大阪に行っていたら、新幹線も止まっていたし、初日のミーティングに出れないところであった。

到着して、一緒に来た会社のお偉いさんと一緒にホテルで会席料理を食う。

うーむ。やはりうまいなあ。

トロントとかニューヨークまで行けば結構色々あるだろうが、オタワではこれは絶対食えない。

やはりすべてを満足するわけには行かないから、何を重視するかで、住みたいところも決まるのでしょうな。

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posted by りもじろう at 06:51| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記

2007年07月12日

夜の電話会議

カナダの会社の自宅勤務が可能なのはありがたい。
が、ワールドワイドに展開しているため、夜とか早朝の電話会議が多い。

メールだけでは伝わりにくいので、電話会議は重要な情報交換手段なのである。

夜疲れているときなんかは、居眠りしそうになって大変だ。

だが、なんとかがんばって電話会議が始まるのを待つ。

こっちの気も知らないで10分ぐらい平気で遅れてくる。

昨日など、待てど暮らせど、ってまあ、20分以上始まらない。

で、メールで確認したところ、

「Yah, Sorry. 今週からこの時間の電話会議キャンセルにしたから」

とかいってるし。あのなああああ。

早く、この"ゆるゆる"文化に慣れなければなあ..

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posted by りもじろう at 22:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2007年07月10日

子供との時間

カナダ本社の人事部長の話である。

「子供との時間をちゃんと過ごしたいので、今週で退社します。」

おお。どこぞの国では絶対に言えない(言わない)理由での退社である。

しかも驚いたのが、

「9月からまた復帰します。」

おいおい。それって子供の夏休みに合わせての、ただの長期休暇じゃないのか。

退社じゃないだろう。

それを認める会社も凄すぎる。

病気の子供のために試合を休んでクビになったランディ・バースを思い出さずにはいられないのである。(古い)

いやーなんだかもう、よく分からなくなってきたぞ。
なんでそれで成り立つ国と、断じて成り立たない国があるのか、見極めずにはいられまいなー。

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posted by りもじろう at 21:32| Comment(5) | TrackBack(1) | 日記

2007年07月09日

お疲れ様です

さて、もうすぐカナダへ移住ということもあって、昔からお付き合いさせていただいている方々の会う機会を作っている。

とあるメーカー勤務のゴルフ好きのYさんとの会話。

私「是非、カナダに遊びに来てください。一緒にゴルフでもしましょう。」

Yさん「いいですね、週末につなげて二日ぐらい休みとればいけるかな」

私「せめて1週間ぐらい来てくださいよ。」

Yさん「うちの上司が『休み取るやつにはボーナスやらん』とかいうんでね、長期休暇は難しいですよ。」

私「そんなこというんですか!?」

Yさん「うちはね、毎日のように残業で終電過ぎるんだけど、昔はタクシーで帰ってよかったのが、今は業績悪いからタクシー使うなって。」

私「ああ。終電前には帰れ、と?」

Yさん「いえいえ、朝まで仕事しろって。」

うーむ。

Yさん「それで、週末は会社の付き合いのゴルフで忙しくてね。家庭崩壊ですよ、ははははは!」

うーむ。

次の会話が続かないのであった。


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posted by りもじろう at 21:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2007年07月04日

凄い専務像

先日、いつの間にか、島耕作は専務になっていたことを知った。
うーむ。知らなかった。

ちょっと立ち読みしてみた。

・飛行機でニューヨークに出張。そこからヘリのお迎え。
「車だと一時間以上かかりますから」などとやっている。

まあ、大企業の専務や社長なら当たり前の話ではあるが、すごい親近感沸かない展開だ。


・液晶テレビが韓国メーカーに画質で抜かれていることを知り驚愕。

真意はともかく、メーカーの人間でこれを人に言われるまで気にしていない専務はさすがにいないんじゃないのか。


取材とかしてるんだろうが、作者は平のころの3年しかメーカーにいなかったわけだし、リアリティのある話を描くのは大変だろうなあ。

こういうのに憧れる人なら、大企業でのし上がっていきたいと思うのだろうか。

この人の生き方には全然共感できないし、憧れもしないのであった。

あ、島耕作は34歳で課長だったんですか。ふーん。

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posted by りもじろう at 22:08| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記

2007年07月03日

大企業に残るのもリスク

前職からのオファーに関しては0.5秒ぐらいは考えてみた。

1. トップダウンプロジェクトだといっても、基本的な大企業的体質は変わらないことは分かっている。このプロジェクトを推進するのに反対する意見も根強いらしいし。無策な既得権益保持命のおっさんの相手をするのは疲れる。

2. 20人集めるといっても固定費を増やせないので、殆ど社内の既存の人々から調達するのであろう。となると実務能力の低いおっさんが集まる可能性が大だ。

3. 20人のリーダーという責任のある立場に置かれたとき、それでも6時帰宅を貫けるのか、更にそれを浸透させられるか、と考えると根本にある日本人気質からして、多分無理であろう。となると労働時間1.8倍である。1.2倍の給料では割に合わん。

4. 必死にやって、プロジェクトがたとえ成功したとして、その2年後にどういうポジティブなイメージが持てるのか。よくてポジションが一つあがるのが関の山だ。まったくなかったことにされる場合もありうる。

というわけで、大企業に残ってもリスクは大きい。

前職で知り合った、C課長と話していたときのことである。

C課長はとある日本企業からアメリカに赴任し、現地のベンチャー企業に転職、そしてまた日本の企業に転職してきた人だ。

この人いわく、

「君の転職はいい経験になると思うよ。
この会社の大半の人は大学を出てから定年するまで同じ会社にずーっといるんだけどね。
殆どの人は、緊張感もまるでなくて、ひどいもんだ。ああなったらお仕舞いだよ。
今まではそれで幸せにゴールできたんだろうけどね。これからはそうは行かない。
これからの厳しい時代に生き残れるような人は殆どいないと思うね。
大体の中高年にはその自覚もないけどね。

私も今やっているプロジェクトにかけてみようと思っている。
後一年で結果が出なかったら、また別の挑戦をしてみるつもりだ。」

うーむ。同感である。

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posted by りもじろう at 22:08| Comment(3) | TrackBack(2) | 日記
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