2008年04月24日

無趣味のすすめ

B001US5QR8GOETHE (ゲーテ
幻冬舎


幻冬舎「GOETHE」の創刊号にこうあった。

無趣味のすすめ ―村上龍

 まわりを見ると、趣味が花盛りだ。手芸、山歩き、ガーデニング、パソコン、料理、スポーツ、ペットの飼育や訓練など、ありとあらゆる趣味の情報が愛好者向けに、また初心者向けに紹介される。

趣味が悪いわけではない。だが基本的に趣味は老人のものだ。好きで好きでたまらない何かに没頭する子どもや若者は、いずれ自然にプロを目指すだろう。


 老人はいい意味でも悪い意味でも既得権益を持っている。獲得してきた知識や技術、それに資産や人的ネットワークなどで、彼らは自然にそれを守ろうとする。

だから自分の世界を意図的に、また無謀に拡大して不慣れな環境や他者と遭遇することを避ける傾向がある。


 わたしは趣味を持っていない。小説はもちろん、映画製作も、キューバ音楽のプロデュースも、メールマガジンの編集発行も、金銭のやりとりや契約や批判が発生する「仕事」だ。

息抜きとしては、犬と散歩したり、スポーツジムで泳いだり、海外のリゾートホテルのプールサイドで読書したりスパで疲れを取ったりするが、とても趣味とは言えない。


 現在まわりに溢れている「趣味」は、必ずその人が属す共同体の内部にあり、洗練されていて、極めて安全なものだ。考え方や生き方をリアルに考え直し、ときには変えてしまうというようなものではない。

だから趣味の世界には、自分を脅かすものがない代わりに、人生を揺るがすような出会いも発見もない。心を震わせ、精神をエクスパンドするような、失望も歓喜も興奮もない。

真の達成感や充実感は、多大なコストとリスクと危機感を伴った作業の中にあり、常に失意や絶望と隣り合わせに存在している。


 つまりそれらはわたしたちの「仕事」の中にしかない。

さらに「半島を出よ」にこうある。

趣味的というのは、みんなにもっとも忌み嫌われている言葉の一つだった。ゲートボールをするじいさんばあさんを連想させた。

中略

趣味に必要なのは時間的、経済的、精神的余裕で、そんなものを持つ人間はここには一人もいなかった。だから趣味的というのはひどい屈辱だった。

今の状況で考えると、この話は心から納得できる。
大企業でサラリーマンをやっていたときは、陶芸だのダイビングだの、ゴルフだの、暢気にやっていた。これは趣味以外の何物でもない。

大企業にいることで、将来安泰であるという既得権益を得て安心しきっていたからこそ出来たことなのだ。そういう意識があるからこそ、人は35年ローンで家を買ったりできるのだ。

なので、趣味を楽しめる人は、老人か、既得権益で悠々自適か、既得権益を得ていて、将来も安泰だと錯覚している人しかいない。
で、私は錯覚していた部類の人だったのだ。

今の生活では、とても趣味を楽しむ余裕はない。郊外にでてランチを楽しんだり、庭でバーベキューをしたり、芝刈りをしたり、子供と遊んだり、勉強を教えたりしているのは趣味ではない。
ましてや子供を寝かしつけてから、副業しているのは趣味ではない。
今となっては、観光旅行とか、とてもじゃないが出来ない。


20代までに色々なことに挑戦してみて、自分が面白いと思えることを見つける作業は、一見すると趣味的ではあるが、多分それは趣味ではないだろう。いずれプロを目指す、ということだ。
だから、面白そうなことに挑戦してみることはどんどんやるべきなのだろうと思う。

だがある程度の年になって、そういうことをやるのは趣味なのだ。で、趣味でそういうことをやれるというのは、余裕のある証なのだ。

一番痛いのは、余裕も無いのに、余裕があると勘違いしていて、趣味とかのんびりやっていることなのかもしれない。

少し前の自分がそうだったのだと気付いた。

4344410009
半島を出よ〈上〉 (幻冬舎文庫)
幻冬舎 2007-08
4344410017
半島を出よ〈下〉 (幻冬舎文庫)
幻冬舎 2007-08


posted by りもじろう at 10:53 | Comment(17) | TrackBack(5) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
なんだかかわいそう。
Posted by at 2008年04月24日 13:59
「蟻」でなければ「キリギリス」というような極端な選択に陥り易いですね、日本の労働情緒は。
つまり「慣習か恐怖から、ひたすら楽しまず蓄える」か
「どうせ碌に蓄えようが無いのでその日その日を楽しむ」か。
最悪なのは「仕事・収入・可能性の無い蟻」かな?
「キリギリスは痛い奴」かも知れないが、借金と経験は天秤に架けられる。
Posted by ト at 2008年04月25日 15:14
> わたしは趣味を持っていない。小説はもちろん、映画製作も、キューバ音楽のプロデュースも、メールマガジンの編集発行も、金銭のやりとりや契約や批判が発生する「仕事」だ。

村上龍の場合はこうして興味を持った複数の分野を「仕事」として扱えるという、いわゆる企業勤めの人からみたら特殊な状況にあるので簡単に一般化できないと思います。

個人的には内容自体に同意できる部分はあるものの、趣味はその人の世界観を広げたり、新しい人との出会いを与えてくれたりと、本業自体にもポジティブなリターンのある行為だと思います。まぁ程度問題ではありますが。


Posted by yoosee at 2008年04月27日 10:14
半分位そうですね、ってとこもあり、半分位なんか違和感が・・・という感じで読みました。

私は村上龍さんが好きで本も読みますが、村上さんが書いている本を継続して読んでる人っていうのは、趣味で読んでると思うのです。

余裕があってもなくても、それが仕事でも趣味でも、そういうものごとに夢中でとりくむ時間っていうのは人にとってわりと大事な気がしています。

大人になると打算や何かで、夢中になるのが難しいんですけれど・・・
Posted by key at 2008年05月01日 12:25
本気で趣味に没頭する人もいると思う。
プロになった途端、生活がかかってくるため、楽しめなくなることだってあるはずだ。

> だから趣味の世界には、自分を脅かすものがない代わりに、人生を揺るがすような出会いも発見もない。心を震わせ、精神をエクスパンドするような、失望も歓喜も興奮もない。
> 真の達成感や充実感は、多大なコストとリスクと危機感を伴った作業の中にあり、常に失意や絶望と隣り合わせに存在している。

数年前まで、私はスノボに没頭していた。
多大なコストもリスクもかなり背負っていた。大怪我もしたが、その分、達成感や充実感もあった。

うまく言えないが、趣味の世界でも十分人生を揺るがしてくれるものだってあると信じている。
Posted by 通りすがり at 2008年05月01日 21:28
初めまして。村上さんのコメントおもしろいですね。
>小説はもちろん、映画製作も、キューバ音楽のプロデュースも、メールマガジンの編集発行も
「趣味」で「消費」してくれる人がいないと「仕事」にはならないものばっかりな気がしますが。。
Posted by DE at 2008年05月06日 08:53
共感したし、心強くなりました
ありがとうございます
Posted by u at 2009年02月12日 21:01
はじめまして、幻冬舎の石原と申します。今月末に「無趣味のすすめ」が本に
なります。そこで、りもじろうさんの「無趣味のすすめ」についてのコメントを、新刊の告知の際に感想として転載させていただけないでしょうか。
ご覧になりましたら、一度メールをいただけないでしょうか。
よろしくお願いいたします。

幻冬舎 石原正康
Posted by 石原正康 at 2009年03月24日 14:21
石原さんからコメント入ってますよ!?
凄すぎます!
Posted by knic at 2009年03月28日 16:04
今朝朝日新聞を見て、村上龍氏の「無趣味のすすめ」の広告が目に飛び込み、インターネットで引いて、この記事に出会いました。
私は54歳からチェロを習い始めましたが、まったくおっしゃるとおりです。目からうろこでした。
本を読んでみるつもりです。
Posted by 片貝孝夫 at 2009年03月29日 07:18
「仕事」で真の達成感や生きがいを感じられる人は意外と少ないのではないでしょうか。
仕事において、ストレスや挫折感を多く感じてしまう私のひがみかもしれないのですが、村上さんは「俺はいつも本気で好きなことをやって金を稼いでいるんだ。すごいだろう。」という意識があると思ってしまいました。
しかし、この文章は、「趣味があることはいいことだ」と思い込んでいた私に対しては強烈なインパクトを持っていたことは事実です。
Posted by kyle at 2009年03月29日 09:12
私が、無趣味のすすめという本が不思議な本だなと思うのは、自身が趣味がないと述べながら、趣味について滔々と語っているところです。妙な例えになりますが、東大に入らなかった私が東大について滔々と語れば失笑を買うと思うのですが、なんだかこの本はそれと似たような感じがするんです。さらに仕事以外に熱中するものがないほうがいいような書き方をされたような本は、いろいろなことに挑戦したらいいなと思う若い方にはあまり、、、ただこの本について子供といろいろ話ができたのは有意義でした。

Posted by ぼんこ at 2009年04月25日 13:55
新聞広告にでたそうですね。

>真の達成感や充実感は、多大なコストとリスクと
>危機感を伴った作業の中にあり、常に失意や絶望と
>隣り合わせに存在している。

つまりはギャンブルの勧め?
安全であるということを選択できない人間はある意味羨ましいです。成功しつづけたのが村上龍。失敗した人間はどうなるのか。
Posted by ほげほげ at 2009年04月27日 13:23
村上龍はいつも極論で、楽しく読ませてもらっていますが、今回の無趣味のすすめは賛成できませんね。

メインのビジネスにどっぷりつかりながらも、限られた時間の中で、たとえば週に一回でも、利害関係のない仲間と汗を流したり、作品を創ったり、そういう時間を持つことでストレス発散ができ、新しいアイディアが思いついたり、気持ちに余裕ができたりし、メインのビジネスのパフォーマンスが上がるのだと思います。


<真の達成感や充実感は、多大なコストとリスクと危機感を伴った作業の中にあり、常に失意や絶望と隣り合わせに存在している。>

ちょっとした仲間とクリエイティブな時間、それも利害関係のない関係性の中での空間を楽しむことのすばらしさ。もちろんその時は真剣である。いい年してボクシング教室に通って、(決してプロにはならないけど)本気でフォームについて悩んだりする。まったく仕事に役立ちそうもない料理教室で、家族や友人にふるまう為に、いろんなレシピをマスターする。

そんな活動をひたすら続けていく。
決して多大なコストやリスクにもさらされないし、失望や絶望ともとなりあわせではない心地よい時間。

この時間があるからビジネスでも様々な価値観の人と余裕の中でコミュニケーションができるようになれるのではないか。

村上氏のように、常に悲壮感漂わせ、自分がそうではないからといって、人の大切な時間を無価値と一刀両断するような人間と誰が仕事をしたいと思うだろうか??
もちろん、彼と全く同じ思考の人間は、いるかもしれない。世の中をサバイバルとしか考えない人たち。。。


でも私は思う。

そんな考え方はさびしいし、同じような人間しかよってこないし、一般のビジネスパーソンとして、人間として欠陥があるのではないかと。。。
Posted by 趣味のすすめ at 2009年06月10日 22:04
じっくり読みましたが、シャキっとさせてくれる切れ味のいい本でした。
世界に一つだけの花シンドロームと言われるように、甘ったるくなりきった最近の日本に、この極論は実に気持ちいい。

自分だけの、しかし高い山に登る人のための本ですね。

どの章も、わかりやすい上に、隠蔽されがちなFACTを浮き彫りにしていました。子供に読ませたい。本物の自分をつかみとれる人間になるヒントが詰まった一冊だから。

Posted by やん at 2010年12月19日 00:22
 趣味の定義がそれぞれ違っているので、批判する人は趣味とは・・・という定義からはじめないと。僕はこの本が好きです。
Posted by yamamoking at 2011年01月19日 11:34
自分の価値観が正しいと勘違いする寂しいおじさんでしかない。
Posted by at 2011年11月19日 17:33
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