移住する理由として、子供を育てる環境が重要なファクターだ、という話になったときだ。
私「日本の学校がですね、あまり期待できないんですよ。今の幼稚園も昔ながらの軍隊みたいな教育をやっているわけです。これはちょっと違うかなと思います。」
Nさん「それはちょっと納得できないな。どんな環境でもどんな学校でも親がしっかりと方針を出して導いてあげれば問題ないはずだよ。」
私「最終的には親の責任だとは思いますが、学校の影響ってすごい大きいと思うんですよ。」
Nさん「北米の学校なんかだと、優秀な人間は優秀だけど、そうでない人間の方が多いだろう。総体としては日本のほうがレベルが高いだろう。」
私「そうかもしれませんが、自分たちの考えるポリシーになるべく合っている学校に入れたいと思うんですよ。横並び的な指導より個性を伸ばせというような。自分が日本の教育をうけてそういう部分でコンプレックスがあるからかもしれないですけどね。」
Nさん「十分個性的だよ!まあ、大学にいけなかった親が子供に大学いかせたいというようなことかな。」
私「まあ、多分にそういう部分はあるでしょうね。」
という感じの展開だ。
面白いのは、そういうNさんは毎日残業で週末も会社のテニスやゴルフで忙しい。子育ては奥さん任せだったりしているのだ。
私としては、なるべく早く帰って、家族で一緒に食事をして、子供と風呂にはいって、一日の出来事を話あって、寝る前に絵本を一冊読み聞かせるというようなことが重要だと思っていて夫婦で実践している。
そしてさらに、学校には期待したいと思う。
Nさん始め、ほとんど家にいないお父さんたちは、どうやって親として子供を導いていく方法を取っているのだろうか。素朴な疑問である。
村上龍が番組で言っていた言葉が印象に残っている。
「家庭を犠牲にして仕事をする人が格好いいという時代があったけど、家庭というのは幸福にするほうが難しいですよ。」
確かに、家庭を犠牲にしてがんばるサラリーマンというのが格好いいという時代は長かったのだと思うし、今だに男たるもの、って思っている人も多いように思う。
家庭というのは幸福にするのは難しい、というスタンスで考えている人は案外少ないようにも思う。
親の背中をみて育つ、の解釈の違いなのかなー。
【なぜ移住・独立しようと思ったのかの最新記事】



全く同感です。
でもこの前「過保護だ」と言われちゃいました。。。
家族のために会社を犠牲にして、家での時間を大切にする姿が「こどもかわいさのあまり我を忘れている」ように見えているみたいです。
ひろ的には会社のために家庭を犠牲にして、会社とのねっとりウェットな関係に浸ってる方がキモイのですけどね。
やっぱ娘のために10数年ぶりにピアノを練習しようとジブリの楽譜を買ってる父ってちょっとキモかったりするのかな?
親の背中を見て育つ、のつもりなんですけどね。
いまは父親が子供を放任(奥さんに投げっぱなし)すればするほど、俗に言う「下層」「下流」に雪崩れ込みやすい世相になってるんじゃないんすかね。
さて、記事を引用させて頂きましたのでお知らせします。
AUSTRALIA Report : Having a child
http://australia.cocolog-nifty.com/blog/2007/07/having_a_child.html
子供をどうやって育てるか、といった内容です。
なぜか、トラックバックできなかったので、コメントとして書きました(ココログとSeesaaとの相性がよくないとの情報も?)。