2007年01月10日

エンジニアとして生きるということ

就職活動をしていて思った。

NZの企業にエンジニアとして就職することで、日本人であるということの優位性は無い。

NZの企業が日本の企業と取引している場合はあるだろう。
だが、ソフトウェアの開発やソリューションを生業にしている会社では、日本をマーケットにしているところは、今のところ一社も見つかっていない。
主に、オセアニア、東アジア(日本除く)、欧米とのやり取りが多い。

つまり、単純に一エンジニアとして応募する以外ない、ということだ。

これは、英語がネイティブではないエンジニアに対しては不利であり、インド人や中国人と平等に戦うことを意味する。

こういう労働市場に先のインド人のようなハングリー精神に満ち溢れた人々がこれからどんどん押し寄せてくると考えていいだろう。

とはいえ、まだまだ貧しい人が大部分のインドや中国においては、ネットやコンピュータはおろか、ちょっとした本を所有することなど難しい人たちも多い。
先進国に住んでいる優位性というのは、恐らくそういったことだ。

まだまだ私なんぞが面接に呼んで貰えるのも、その優位性があるからであろう。
この優位性で、なんとか逃げ切れる時代に生きているのかもしれない。(が、無理かもしれない。)
移住して技術で勝負すると決めた以上は、今得られる優位性を活かして、必死で逃げ切るしかないだろう。
そのためにはインド人に負けないぐらい勉強しまくるしかなかろう。

日本に住んでいて、日本でサラリーマンをしていれば、こうしたグローバリゼーションの競争からは少し距離を置けることは確かだ。
今の会社にいれば、当分、中国人、インド人エンジニアを使う立場にいられるわけだし。

だが、自分の娘たちの時代には、確実に、この先進国としての優位性は少なくなっているだろう。
そして、日本にいて日本の企業にいるから、使う側でいられるという保障もまったくない。

そんな時代を生き抜くのに、日本の古臭い教育が役に立つとは思えない。
昨今の日本の教育問題や犯罪の数々を見るとそう思わずにいられない。

人の転落人生を心配する前に、自分と家族の人生が転落しないか心配したほうがいい時代なのである。

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posted by りもじろう at 10:13 | Comment(2) | TrackBack(0) | 移住準備 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
そうですね、「日本人」である優位性は、あまり無いかもしれませんね。

日本企業での職務経験は有利でした。NZでは作っていない物も多いので、その経験は買われました。就職活動のライバルは、英語圏、ヨーロッパ系エンジニアですね。のんきな人が多いですが英語力も職務経験もありますし。

かたや、ハングリー精神も確かに、、、移住、移民の理由も、先進国から、豊かにのんびり暮らしたい、というのと、子供の安全の為とか、小銭の為に殺されたりしない国に、とでは、どうしても温度差というか、なんというか。

暗いコメントから始まり申し訳ないですが
 あけましておめでとうございます







Posted by たかお at 2007年01月10日 17:17
たかおさん

あけましておめでとうございます!

今のところ、私の経てきたプロプラエタリな開発経験自体は就職活動には活かされていないです。
そういう分野を欲している企業がないですね。
オープンなところで勝負するしかないような感じです。
さらに、kiwiの英語はまだ不慣れで聞き取りにくいです。
うーん。
Posted by りもじろう at 2007年01月12日 02:18
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