2006年06月07日

ルールを守る2

「個」を見つめるダイアローグ
「個」を見つめるダイアローグ
が面白い。

日本人のルールや常識についての記述があった。
村上龍は、

日本の常識やルールは外国では通用しない。たとえば日本が没落したときに、常識やルールを信じていた人は、失望して、次には怒り出すだろう。目の前でおきていることを理解できないまま。

というようなことを述べている。
これに対して、伊藤譲一は

ルールがあるかどうかではなくて、自分の目で判断しなければいけない。日本はルールを押し付ける。

と返している。

信号は青が渡ってよくて、赤が渡ってはいけないというのは、国によって違うという話もしている。青でも危険もあるし、赤でも渡れるときは渡らないといけない。
当たり前の話だ。だが、日本ではこれも当たり前ではない。

昔、ある職場で、部門全体にメールが入った。

「喫煙室の屋根には煙センサーがついています。誤動作しますので、喫煙される方はセンサーの下で吸わないようにご注意ください」

なんとも難しいことをいう。私は煙草は吸わないので、笑うだけだったが、喫煙する誰も、じゃあ、そのセンサーを何とかしろ、とは言わない。センサーが反応しないように隅っこで吸っているのだ。

最終帰宅者のルールというのもある。
自分が最後だと思った人は、広いフロアの何十箇所もある、すべての電源を落とし、照明を消して回れという。最後までいた人はえらいとばっちりである。
勿論会社には警備員もいて、見回りもするのにだ。
で、誰も自分が最後だと思わずに点けたまま帰ったりすると、次の日の午前中一杯、誰のせいだとメールが飛び交う。

アメリカのオフィスだと、人センサーがついていて、自動消灯する。それで済む話だ。

私は、担当者にそのような提案をした。だが、昔からこういうやり方だから変えられないという。誰かが責任を持って造ったルールでもない。こんなルールの存続を生業にしているおっさんも大勢いるのだ。

アメリカで知り合った、英語の先生の話が印象的だった。
彼は日本で英会話学校を経営したことがあって、日本をよく知っている。

「高さの低いドアがあったら日本人はどうすると思う。」

「屈んで通ると思うが。」

「そのとおり。アメリカ人は、ドアの上をぶち抜いて、高いドアに替えるよ。」

ルールを作る前に、もう一度考えてみたいものだ。



タグ:村上龍
posted by りもじろう at 09:53 | Comment(0) | TrackBack(0) | なぜ移住・独立しようと思ったのか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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