2010年09月20日

リストラの感覚

NZの会社に勤めだして数ヶ月経ったときに大規模なリストラがあった。特にシニアアーキテクトなどの上級ポジションの人が半数以上クビになった。私を技術面接したアーキテクトも含まれていた。

このNZの会社ではリストラでクビになっても即刻辞職というわけではなく、人によって1週間から1ヶ月ほどの引継ぎ期間を設けていた。クビになった人にはなんとも切ない期間である。
しかし案外みんな冷静に引継ぎをこなしているのが印象的であった。

これで私としては、アメリカカナダ、NZの会社での大規模リストラを経験したことになる。

さて、日本ではリストラなどの失職などによる自殺が増加しているといわれて久しい。

ひとつの理由として組織からの脱落感を指摘しているブログもある。
これら自殺の共通点は「組織や社会からの脱落感」ではないか。そして彼らは組織や社会や学校という狭い世界が自分の存在意義のすべてだと勘違いしている。彼らは「組織」という機械から外れ落ちた「1本のネジ」と同じだ。
この点は自分でも驚いたことに、自分がカナダのベンチャー企業に転職したときに強く感じたことでもある。
カナダの会社は自分の存在意義を求めるような拠り所ではなく、誰もそんなことを期待していないことに戸惑いを感じたのだ。自分から日本の会社を辞めておきながら、なんともいえない寂しさを覚えたのだ。
だから組織からクビになった場合、自分の存在を見失ってしまって自殺する、という流れは日本社会にどっぷり漬かっていれば想像に難くない。

私が経験した各国のリストラでも、泣いている人や、怒っている人もいたが、大抵すぐに別の会社が決まるので、その後また顔を出しに来たり、営業しにくる人もいて、自殺するメンタリティとは程遠い。
総じて見ていると、日本人の私が経験したことのある精神的ストレスレベルとして近いものは、年に一度の学校のクラス替えの感覚だ。

仲のいい仲間と一緒にいたいと思っていても、そうはいかない少しどきどきする行事である。一方で新しい出会いが新しい発見をもたらすこともある。
エンジニアは同じような業界で働くので、小さな街では前の会社で一緒だった人とまた働くなんてこともしょっちゅうである。仲のよかった、あるいは悪かった友達とまた同じクラスになるような。
学校生活も何年もやっていると気の合うクラス、なじめないクラス、色々あるものである。会社のメンバーのそれも似ている。

ある日本のお偉いさんと呑んでいるときに、こんな話をしたところ、

「そんなんだと会社のために一生懸命働くという感覚がなくなってしまうのではないか。」

と聞かれたのだが、これはむしろ逆だと思う。

クラスは毎年変わるが、だからといって体育祭や文化祭、修学旅行などクラス行事を一生懸命やらない理由にはならない。やらない人もいてもいいと思うが、クラス替えがあるからやらない、という人は少ないだろう。
むしろ限られた期間だと分かっているから、この1年で精一杯やって結果を出そうと思うことが普通なのではないだろうか。

一方で当然ながら、毎年変わるクラスに自分の存在意義を求めたり、しがみ付く人はいない。

そんな感覚で会社が回っているのである。

今となっては、こちらのほうが健全に思えてならない。
クラス替えの後に次のクラスが普通に待っているような社会が。
posted by りもじろう at 18:36 | Comment(7) | TrackBack(0) | ニュージーランドの生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
>「そんなんだと会社のために一生懸命働くという感覚がなくなってしまうのではないか。」

この理屈が通るなら、高校スポーツなんかは全部一生懸命じゃないということになるんだけどね。
甲子園とか毎年のように悔し涙を流す人がいるのは何故だろう。

>大抵すぐに別の会社が決まるので、その後また顔を出しに来たり、営業しにくる人もいて、自殺するメンタリティとは程遠い。

これは日本ではないですね。顔を出すことも、営業も。「すぐに次の仕事が決まること」の方も難しくなりつつあります。
Posted by at 2010年09月21日 00:48
いつも愛読しております。もう定年退職して7年です。
日本社会は、全体的に崩れてきているのは確かです。ブログにある「退職」→「学校のクラス替え」、「新しい出会い」
→「新しい発見」こうした発想が少しでもあれば、今の閉塞日本社会は、もう少し生きやすかったかも知れないと思います。
同じユーーモアでも、日本の落語の同じパターンの話を名人が微妙な話芸で客を笑わす。欧米(別段西洋かぶれではないですが、日本とは異質な先進国と言う意味で使います。)では、当意即妙、その場の空気を読み取り、毎回違う内容で客を笑わせる。後者のほうが疲れるし、毎回笑わせる種を考えねばならず大変です。しかし、現在の社会は、それが要求されているのかと思います。
Posted by 中山 太郎 at 2010年09月21日 21:58
日本では解雇をもっと簡単にしないとクラス替えという感覚にはならないですよね。
法律を改正して正社員を簡単に解雇できるようにすべきです。
日本でも正社員でなければクラス替えの感覚ですね。
Posted by パンダ at 2010年09月22日 01:20
NZで大きな地震があったようですが、
大丈夫ですか?
Posted by 0020 at 2011年02月23日 00:01
家族共々元気です。ありがとうございます。
Posted by りもじろう at 2011年02月23日 02:57
こんにちは。

最近、ブログの投稿がないですね。

移住して、どうですか?
Posted by at 2011年10月26日 21:08
クラス替えは本当に分かりやすい例えですね。
クラス替えをするからこそ行事が上手くいくと思います。

もしずっと同じクラスだったら馴れ合いみたいなのが出来て、
面倒事には一切関わらず難しい事に挑戦しないクラスになります。
まさに日本企業です。

1学期、4月や5月の頃は先生の指示を真面目に聞いたりしますが、
3学期にもなれば指示は聞かないし掃除もサボりますし派閥も出来て更に虐めもあったり、という事は全国共通だと思います。
ずっと同じメンバーで固まってたら駄目なんです。

日本人は付き合いが長いほど団結力が上がって組織力が上がって・・・と考えある人が多いですが、
実際には入れ替わりの激しい方が組織としては上ですよね。
Posted by ニンジャ at 2012年11月04日 04:52
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