
尊敬する人とかいうのもおこがましいぐらい、凄いプロフェッショナルである。
非常に自分に厳しく、他人に優しい人である。
例えば、人と約束したときは、30分前にはそこに着くように出かけるという。渋滞かなにかで相手に迷惑がかからないようにということだろう。コースでも後ろのパーティのことを考えてか、打つとボール目掛けて、すぐに走る。そんなことをするプロは普通いない。
縁があって、私が学生の頃に家族でご自宅に何度か呼んでもらったこともあった。
ゲストにも恐ろしく気を使う人だった。
例えば、いいワインをどんどんあけて、ゲストのグラスが空くとご本人がすぐに注いでくださった。
ジョークも途絶えることがない。
奥様も気さくで明るくて楽しい方だ。
こちらは緊張して、何をしゃべっていいかも分からない状態なのだが、和やかに迎えてくださった。
試合中、普通のプロだと神経を集中させているため、観客と話をしたりすることも少ないが、杉原プロは私たちを試合中見かけると、ニコニコと近づいてきて、
「ああ、来てくれたんか。後で食事していけるやろ?クラブハウスで待っとってや。」
とか、気さくに声をかけてくださったのを今でも覚えている。
いや、そんな我々のこと気にしてもらわんと、試合に集中してくださいよ!とかこっちが気になるぐらいだ。
1997年に前立腺ガンが見つかって、手術するか、投薬治療をするか、という岐路にたった。
手術をすれば、半年ほどはゴルフが出来なくなるというので、投薬治療の道を選んだ。
普通の人だったら、手術すればいいのに、で終わる話かもしれない。ただ60歳近くになって、手術して入院することは選手生命を絶たれる可能性もある。
70歳になった最近になって、リンパ筋に転移している可能性があることが分かった。
「転移していたら大変やが、気にしても仕方がない。(がんに)立ち向かっていくしかないよ。」
「可能性としてはリンパ節に転移していることもありうる。だとしたら、あと何年ぐらい生きられるか。3年とか5年とかかもしれん。そりゃ、気分的には決してええもんやない。でも、この年まで生きられたんやし、しゃあないやろ。」
「(手術を勧めた)医者の言うことを聞かなかったが、後悔していない。」
試合後に、他のプロがクラブハウスでのんびり食事とかしているときに、一人雨の中でその日冴えなかったバンカーショットの練習をしている杉原プロ。
そんな話は枚挙に暇がない人だ。
シニアに出る歳になっても、現役のツアー出場にこだわった。
「シニアに出るためにプロになった訳やないからな。」
世界最年長予選通過記録を68歳10ヶ月で作った。
優勝回数は国内男子プロとしては尾崎将司、青木功に次ぐ歴代3位だという。
勿論本人は無理して、苦労してゴルフをやっているつもりはないだろう。好きなゴルフをやって死ねるならいいと思っているに違いない。
寧ろ死ぬまでゴルフをやり続けたいのだと思う。
こんな風に仕事を生涯続けられるのは幸せなことであろう。
こういう人をプロというのだ。