日本式の受注・発注の関係というのはやはりこちらの会社のそれとは違うのだなあ、という話を書いた。
この仕組みは阿吽の呼吸というか、同じ背景を共有できている場合にはうまく機能してきた。
たとえば、曖昧な責任・業務範囲なんかも、下請けは、発注元の要求をうまく汲み取っていくことで、範囲外の業務をこなして信頼関係を形成していく。それによって次のプロジェクトでも自動的に受注を得られるような関係を築いてく。
勿論こちらの人々にはそんなストーリーは理解されない。予定に無い仕様変更があったのなら、費用請求するのが普通なのである。なので、同僚のエンジニアも自分だけが無理難題を押し付けられているかのように思って怒っている。
「どうして、彼らの曖昧な仕様と彼らのバグとドキュメント不足ために、こんな手戻りを自分が何回もやらなければならないだっ!」
というわけで、こちらのエンジニアにはまったく理解されない。
考えてみると、日本の曖昧な境界線のなかで下請けが奉公することで仕事を受注する関係というのは、会社間にとってはいいのかもしれないが、エンジニアには大いに危険が伴うのだ。
どういう危険かというと発注元の要求が肥大化したときに抑えられない。そしてその要求はどこに行くかというと、営業とかプロジェクトマネージャーではなくて、末端のエンジニアやその下請けのエンジニアなのである。
そして、不景気や過剰な競争になると、受注することがすべてになっていくので仕事は選べず、発注元の要求もひたすら受けなければならない悪循環に嵌っていく。
かくして、境界線の無い日本の末端エンジニアはデスマーチに突入していく、という筋書きなのであるなあ。
こちらのエンジニアがこの線引きに激しくこだわるのは、当然このネガティブスパイラルを認めたくないからであろう。
同僚に
「今の日本じゃ、ソフトウェアエンジニアは給料も安くて、残業も多いから、人気の無い職業なんだよ。」
というと、非常に驚いていた。
「そうなのか!?じゃあ、どの分野のエンジニアは人気があるんだ?」
うーん。わからん。

