2008年05月14日

憧れの..

子供のころ、一度は憧れたことがある人も多いのではないだろうか。
そう。それは、ハンモック。

ハンモック1.jpg

こんなのが自分の家の庭で出来たらなーとか思ったことがあった。
が、日本の家だと、

・庭が狭い(あるいは無い)
・植木が細い。
・植木が密集している。
・蚊が多い。
・暑苦しくて、全然快適じゃない。

などの理由で、まったく実現できる状況ではなかった。

それが、カナダでは自宅の庭で簡単に実現できるのである!

ハンモック2.jpg

IKEAで29ドル。足タレは長女6歳。

日本のIKEAでは同品がなぜか4490円。(一物一価なら150円/ドルですな。)

日本では、自由にハンモックできないとお嘆きの方は、ぜひカナダ移住を!

hanmocs.jpg

(引用元こちらですが、本文とは関係ありません..)
posted by りもじろう at 11:18| Comment(0) | TrackBack(0) | カナダの生活

2008年05月08日

宇宙飛行士の給料

今JAXAが10年ぶりに宇宙飛行士を募集(pdf)している。

書類選考から第三次選抜まで数百倍の難関である。
選ばれるのは、語学力、健康、学歴、運動能力、医学的倫理学的特性を期待される人材である。
選ばれた後に、何年もかけてトレーニングがあるが、宇宙に出られるかどうかは分からない。
宇宙飛行士に選ばれたとして、スペースシャトルからステーションに行けるとする。
あくまでも未知の世界への挑戦であり、旅客機にのるような安全性は期待できない。

さらに、かつての宇宙飛行士のような名誉職でもなくなっている。
毛利衛さん、向井千秋さんのような知名度は期待できない。


宇宙航空研究開発機構職員給与規程によります。
○採用時本給
大卒 30才 約30万円
大卒 35才 約36万円
なめとんか。
○諸手当:扶養手当、住居手当、通勤手当、特殊勤務手当、他
特殊勤務手当、これが本給より多いことを望む。
いい加減、年齢で給料きめるのはやめてほしい。

これだけの基準で選ばれる人が、どういうポジションでどういう仕事をしているか少し考えてみれば、どれほど異常なことか分かるだろう。

勿論金だけじゃないが、宇宙へのロマンで人を集めようとするのはどうなのだろうか。
しかも
(9)10年以上宇宙航空研究開発機構に勤務が可能

メーカーいじめだけが生きがいの腐ったおっさんの巣窟のなかで、余生を生きていく辛さを考えると、涙なしには語れまい。

実際、どれくらい応募があるかは担当者としては気が気ではないはずだ。数百倍というのは実は彼らの期待しているものより低いだろう。
NASAの場合は、個人の能力により一年で$65,140から$100,701だという。

ちなみに学生の時に応用物理学会で毛利さんと同席する機会があった。そこで喜んでサインを貰ってしまったミーハーな自分を心から恥じる。

毛利さん、あの時はすいませんでした。若さゆえの過ちでした。
posted by りもじろう at 11:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2008年05月07日

カナダの住みやすい街ランキング

MoneySenseという雑誌が「Canada's Best Places to Live」というランキングを発表した。
RankCityProvHousehold income ($)Discretionary income (%)New cars (%)Unemploy(%)
      
1Ottawa - GatineauON8547525.212115.925.20
2VictoriaBC7007723.12468.973.30
3FrederictonNB6913426.208512.434.80
4KingstonON6903023.911311.335.30
5LevisQC6866822.940816.194.50
6MonctonNB6392525.720815.784.80
7WinnipegMB6677925.84511.104.70
8BurlingtonON9839125.836716.193.70
9HalifaxNS7096924.749617.565.20
10VancouverBC7585423.712714.184.50
11MississaugaON9748024.554818.045.40
12GuelphON8162825.944512.825.70
13LavalQC7184723.765816.355.20
14LondonON7005024.222714.606.10
15LeamingtonON6965022.684913.184.50
16WaterlooON9421027.560814.565.30
17SaskatoonSK7160326.92488.574.00
18BrandonMB6088626.09638.445.10
19ThompsonMB7735328.300111.855.40
20QuebecQC5879522.200918.337.40


オタワ一位か!
うーむ。これは驚きだ。カナダに住む上で、オタワで納得いかないなら国に帰れと。

ランクは、上記にはないが、住宅の平均購入価格、気候、犯罪率なども含まれている。

平均世帯所得の指標が興味深い。オタワで900万円弱か。日本のサラリーマンの平均所得が440万ぐらいで、平均世帯所得が580万ぐらいであることと比較すると、かなり多い。他の街でもおおむね日本の平均よりは多いことになる。(皆5時6時には帰るというのにだ)

住宅の平均単価がオタワでは2800万円ぐらいなので、日本のそれ(4000万弱)と比べると収入は多いが、家は安い、ということになる。
勢い、キャンピングカーとかログハウスとか買うっていうのもそういうところから来ているのか!
恐らく、この世帯収入は夫婦共働きが定着していることが理由だと思われる。
会社にとっては、一人が16時間働いてくれるほうが、二人が8時間働くより、相当安上がりなので(ワークシェアリングの反対)、日本では現在のワークスタイルは重宝がられるのは分かるが、個人にとっては、どっちが幸せなのかと考えさせらる結果である。(不動産価格の違いはどうしようもないが)
北米でもかつては、働く夫と家庭を支える妻、というのが美しいスタイルであった。それが無くなった現代において、妻もフルタイムで働いているのに、夫が残業しまくりで家に帰ってこない(育児家事に関わらない)というのは即、離婚の事態であろう。

そう考えると、残業なしの夫婦で協同生活というライフスタイルというのは、合理的な経済活動であると言えよう。

日本はどっちにいくのだろうか。
posted by りもじろう at 11:53| Comment(1) | TrackBack(1) | カナダの生活

2008年05月03日

会社と個人の関係の日本とカナダでの違い

ではなぜ、会社の存在感がなぜ日本とカナダ(多分北米)でそうも違うのか。

会社と人との関係を比較すると、以下のように喩えるのがいいかもしれない。

日本の場合は、やはり土着の農耕民族に喩えられる。
重要なものは、土地とそこに住む人である。なので、村での人の出入りがあまり無いほうが好ましい。

村には、必ず重鎮がいる。重鎮の言うことは絶対である。
昔豊作だった時代のことをいつまでも忘れていないので、その経験を元に判断する。
若い世代は、それではうまく農作物が育たないことが分かっているのだが、なかなかそれをうまく伝えられない。
とりあえず、足しげく田畑に通って、収穫率の低い農作物を丁寧に育てるしかない。
儲からないのは分かっているが、将来にわたって安定した収入が得られることがもっとも安心できる。この安心感が最重要である。
だから米を作っていた人が、減反によって、野菜を作ったりというような方向転換を行うこともある。ノウハウもないし、すぐに利益も上がりにくいが、その土地で何とか食べていくためには仕方が無い方向転換である。


一方で、こちらはやはり狩猟民族的だ。
集団で狩をするという意味では、漁業が近いかもしれない。
会社は船であり、社長は船頭だ。

船は大型船もあれば、ボートみたいなものもある。
ある船が、マグロを追っていたと思ったら、業績によって、そのターゲットを鰯に変えてしまうこともしばしばだ。
そのときに、マグロ漁の専門家は存在価値を失う。鰯漁のために、一から勉強しなおすということより、他のマグロ漁船に乗り換えるほうが多い。

その人が有能、無能というより、鰯漁にマグロ漁の専門家は要らないからという判断で船を下りてもらう。
不要だといわれたほうも、別のマグロ漁船に乗り込むだけの話だ。
なので、個人にとって重要なのは何の専門家なのか、ということである。それがあれば船を乗り換えることにそれほど違和感はない。


こちらに来て思うようになったのは、人間関係とかでねちねちしながら、田畑にこだわるより、自分の武器と弱点を知って、船を乗り換えるほうが、個人にとっては幸せなんじゃないかということだ。
自分のプロフェッショナルとは何ぞやというところを明確に出来て、わかりやすい。頑張りがいがある。

休みたいなら辞めろという話をどっかのおっさんがしていたらしいが、その理由が、休んでのんびりやっていたら会社が潰れるとか成長しないという話だ。その感覚はまったくこちらには存在しない。

そこまでやらないと続かない田畑なら潰せば?という発想なのだろう。個人個人が、その田畑と心中しないといけないところまで取り込まれて、幻の安定をちらつかせられて働かせる。それを好とする人はあまりいなさそうだ。

勿論、どちらのやり方が正しいかとはいえない。ただ、そこで働く一人一人がどれくらい充実感とか幸せを感じている(あるいは考える必要もない)かの総量の比較はしてみたい。能天気なカナダ人を見ているとそう思う。

とはいえ、もし自分が村の重鎮だったら、彼らと同じこというだろう。それが自分の生きる術なのだ。
彼らは彼ら自身のための最善の方法を選んでいるに過ぎないのだから。
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2008年04月30日

日本とカナダの会社の存在感の違い

前職を辞めて、約1年がたった。

振り返ってみると、自分の状況の変化に対する受け止め方の変遷が興味深い。

まず最初の数ヶ月は、意味も無く不安な感覚があった。その不安感がなんだったのかというとシールド(盾)失った恐怖感だったのかもしれない。

だが、盾というような表層にあって、体を守るものを失った感覚とは少し違う。
どちらかというと、もっと多くの体積を占める部分が無くなった感じだ。

陳腐な表現だが、定年退職した人が
「胸にぽっかりと穴があいたような」
というようなことをいうが、そういう感じなのかもしれない。

会社を辞めようと思って一年ぐらい変人道を貫き、18時に帰り、人事には
「早期退職ないっすかー」
とか、平気で言ってて、未練も無いわ!とか思っていたのにである。

これには自分でも驚いた。
恐らく高度経済成長の末裔の、企業の成功=個人の幸せ的な成功体験によって作り出された見事な刷り込み行為がしっかりと自分にも埋め込まれていたということなのかもしれない。

私より若い世代には恐らくこの感覚は希薄であろう。

そんなわけで、カナダに来た当初は不安感もあったのだが、周りでどんどん人はクビになるは、辞めるは、雇用されるはという現実をみていると、それがすっかりどうでもいいことに気付いた。

ぽっかりあいた穴か、体を守る盾か、そういった空間を今の会社はまったく埋めてくれない。そういう存在ではないのだ。

あるのは、自分の人生は自分で切り開いていくという当たり前のことなのだ。
会社なんてそのための道具でしかないのである。

考えてみれば、会社の存在なんて恐ろしく抽象的である。会社の存在はブランドか社名か、社員か、製品か、何が作っているのか曖昧だ。
ある意味お金とかと同じで、人間が作り出した便利な偶像でしかないのだ。

年末になって皆で騒ぐクリスマスにおけるサンタクロースみたいなものだ。
皆で言ってれば、本当にサンタクロースが存在するような気がしている。

そのサンタクロースのために命かけるのはどうかと思うのだが、どうだろう。
posted by りもじろう at 11:10| Comment(7) | TrackBack(0) | カナダの生活

2008年04月28日

杉原輝雄という生き方

杉原輝雄というプロゴルファーがいる。

sugihara.gif

尊敬する人とかいうのもおこがましいぐらい、凄いプロフェッショナルである。

非常に自分に厳しく、他人に優しい人である。
例えば、人と約束したときは、30分前にはそこに着くように出かけるという。渋滞かなにかで相手に迷惑がかからないようにということだろう。コースでも後ろのパーティのことを考えてか、打つとボール目掛けて、すぐに走る。そんなことをするプロは普通いない。

縁があって、私が学生の頃に家族でご自宅に何度か呼んでもらったこともあった。

ゲストにも恐ろしく気を使う人だった。
例えば、いいワインをどんどんあけて、ゲストのグラスが空くとご本人がすぐに注いでくださった。
ジョークも途絶えることがない。

奥様も気さくで明るくて楽しい方だ。
こちらは緊張して、何をしゃべっていいかも分からない状態なのだが、和やかに迎えてくださった。

試合中、普通のプロだと神経を集中させているため、観客と話をしたりすることも少ないが、杉原プロは私たちを試合中見かけると、ニコニコと近づいてきて、

「ああ、来てくれたんか。後で食事していけるやろ?クラブハウスで待っとってや。」

とか、気さくに声をかけてくださったのを今でも覚えている。
いや、そんな我々のこと気にしてもらわんと、試合に集中してくださいよ!とかこっちが気になるぐらいだ。

1997年に前立腺ガンが見つかって、手術するか、投薬治療をするか、という岐路にたった。
手術をすれば、半年ほどはゴルフが出来なくなるというので、投薬治療の道を選んだ。
普通の人だったら、手術すればいいのに、で終わる話かもしれない。ただ60歳近くになって、手術して入院することは選手生命を絶たれる可能性もある。

70歳になった最近になって、リンパ筋に転移している可能性があることが分かった。

「転移していたら大変やが、気にしても仕方がない。(がんに)立ち向かっていくしかないよ。」

 「可能性としてはリンパ節に転移していることもありうる。だとしたら、あと何年ぐらい生きられるか。3年とか5年とかかもしれん。そりゃ、気分的には決してええもんやない。でも、この年まで生きられたんやし、しゃあないやろ。」

「(手術を勧めた)医者の言うことを聞かなかったが、後悔していない。」

試合後に、他のプロがクラブハウスでのんびり食事とかしているときに、一人雨の中でその日冴えなかったバンカーショットの練習をしている杉原プロ。
そんな話は枚挙に暇がない人だ。

シニアに出る歳になっても、現役のツアー出場にこだわった。
「シニアに出るためにプロになった訳やないからな。」

世界最年長予選通過記録を68歳10ヶ月で作った。
優勝回数は国内男子プロとしては尾崎将司、青木功に次ぐ歴代3位だという。

勿論本人は無理して、苦労してゴルフをやっているつもりはないだろう。好きなゴルフをやって死ねるならいいと思っているに違いない。
寧ろ死ぬまでゴルフをやり続けたいのだと思う。

こんな風に仕事を生涯続けられるのは幸せなことであろう。

こういう人をプロというのだ。
posted by りもじろう at 11:25| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記

2008年04月24日

無趣味のすすめ

幻冬舎「GOETHE」の創刊号にこうあった。

無趣味のすすめ ―村上龍

 まわりを見ると、趣味が花盛りだ。手芸、山歩き、ガーデニング、パソコン、料理、スポーツ、ペットの飼育や訓練など、ありとあらゆる趣味の情報が愛好者向けに、また初心者向けに紹介される。

趣味が悪いわけではない。だが基本的に趣味は老人のものだ。好きで好きでたまらない何かに没頭する子どもや若者は、いずれ自然にプロを目指すだろう。


 老人はいい意味でも悪い意味でも既得権益を持っている。獲得してきた知識や技術、それに資産や人的ネットワークなどで、彼らは自然にそれを守ろうとする。

だから自分の世界を意図的に、また無謀に拡大して不慣れな環境や他者と遭遇することを避ける傾向がある。


 わたしは趣味を持っていない。小説はもちろん、映画製作も、キューバ音楽のプロデュースも、メールマガジンの編集発行も、金銭のやりとりや契約や批判が発生する「仕事」だ。

息抜きとしては、犬と散歩したり、スポーツジムで泳いだり、海外のリゾートホテルのプールサイドで読書したりスパで疲れを取ったりするが、とても趣味とは言えない。


 現在まわりに溢れている「趣味」は、必ずその人が属す共同体の内部にあり、洗練されていて、極めて安全なものだ。考え方や生き方をリアルに考え直し、ときには変えてしまうというようなものではない。

だから趣味の世界には、自分を脅かすものがない代わりに、人生を揺るがすような出会いも発見もない。心を震わせ、精神をエクスパンドするような、失望も歓喜も興奮もない。

真の達成感や充実感は、多大なコストとリスクと危機感を伴った作業の中にあり、常に失意や絶望と隣り合わせに存在している。


 つまりそれらはわたしたちの「仕事」の中にしかない。

さらに「半島を出よ」にこうある。

趣味的というのは、みんなにもっとも忌み嫌われている言葉の一つだった。ゲートボールをするじいさんばあさんを連想させた。

中略

趣味に必要なのは時間的、経済的、精神的余裕で、そんなものを持つ人間はここには一人もいなかった。だから趣味的というのはひどい屈辱だった。

今の状況で考えると、この話は心から納得できる。
大企業でサラリーマンをやっていたときは、陶芸だのダイビングだの、ゴルフだの、暢気にやっていた。これは趣味以外の何物でもない。

大企業にいることで、将来安泰であるという既得権益を得て安心しきっていたからこそ出来たことなのだ。そういう意識があるからこそ、人は35年ローンで家を買ったりできるのだ。

なので、趣味を楽しめる人は、老人か、既得権益で悠々自適か、既得権益を得ていて、将来も安泰だと錯覚している人しかいない。
で、私は錯覚していた部類の人だったのだ。

今の生活では、とても趣味を楽しむ余裕はない。郊外にでてランチを楽しんだり、庭でバーベキューをしたり、芝刈りをしたり、子供と遊んだり、勉強を教えたりしているのは趣味ではない。
ましてや子供を寝かしつけてから、副業しているのは趣味ではない。
今となっては、観光旅行とか、とてもじゃないが出来ない。


20代までに色々なことに挑戦してみて、自分が面白いと思えることを見つける作業は、一見すると趣味的ではあるが、多分それは趣味ではないだろう。いずれプロを目指す、ということだ。
だから、面白そうなことに挑戦してみることはどんどんやるべきなのだろうと思う。

だがある程度の年になって、そういうことをやるのは趣味なのだ。で、趣味でそういうことをやれるというのは、余裕のある証なのだ。

一番痛いのは、余裕も無いのに、余裕があると勘違いしていて、趣味とかのんびりやっていることなのかもしれない。

少し前の自分がそうだったのだと気付いた。
posted by りもじろう at 10:53| Comment(6) | TrackBack(4) | 日記

2008年04月23日

夏へまっしぐら?

4月の頭には雪が降っていた。朝方は氷点下であった。

2週間後の今、25℃越えだ。
庭には一部雪も残っているのに。

ものすごい勢いで季節が変わるんですなあ、カナダ。

4月に入って、カナディアングースも帰ってきて、ガーガーいっている。鳥がさえずり、リスが駆け回る。
鹿が3頭庭先に来た。子供たちは大喜びだ。

春だなあ。なんてさわやかな。

さあ、雪解けした庭の掃除だ!雪の下に残っていた落ち葉を集める。

そこで目にするのは、鹿とリスの糞が散在...

春だなあ。なんてさわやかな(涙)!
むきになって、庭中を徹底的に掃除してやった。(その後、熱中症でフラフラになってダウン)

さあ、春だ。郊外に出かけよう!

そこで目にするのは、なんだか、わからない小動物のご遺体が道路上に散在...

春だなあ。なんてさわやかな(涙x2)!

どこかでたけしが書いていたエッセイを思い出した。

「人間は実は自然なんて嫌いなんだよ。本当の自然なんて人間にとってはそんな美しいことばかりじゃないし、自然災害だって自然の一部だ。」(詳細失念)

20080420_51.jpg

まったく関係ないが、近所の湖のガソリンスタンド。

まあ、こんな経験もやってみると面白いもんですなあ。
posted by りもじろう at 11:04| Comment(0) | TrackBack(0) | カナダの生活

2008年04月17日

開発依頼!

前職では、退職にあたって、カウンターオファーがあった際に、受託業務で対応させてもらいますよ、という話があった。

最近になって、実際に依頼があった。
アメリカの顧客(しかもサンフランシスコにあるお客)向けのシステム提案と、開発である。

顧客の要求に合わせて提案書類と上流設計書類を作った。その結果、顧客からOKが出たという話が来た。
これから実際の開発に入ることになる。

私のところに依頼が来た理由を考えてみる。
まず、いくら人件費が安いからといっても中国に発注したりしない。
今回のような中小規模の開発では、中国の会社との間にブリッジエンジニアをたててやるとそんなに安くはならないからであろう。
また、コーディングだけの下請けの開発ではなく、上流設計から含めての発注である。まあ、社内でちゃんと設計できる人が少ないのは当方もよく知っているので驚くこともない。これで頼めるところが絞られる。
さらに、アメリカの顧客向けに提案資料を英語で書ける必要がある。国内の外注によっては対応しきれないであろう。

こんな条件があって私のところに開発依頼の話が来たというところであろう。
アーキテクチャから自分で決められるので、最新技術をふんだんに投入できるところもうれしい。自分のスキル向上にもいい機会である。

こういう仕事が定期的に来るようになれば、本当に住みたいところに住めるようになるなあ、と妄想膨らませているところだ。
まずは、このプロジェクトをきっちり片付けよう。

カナダの本業が17:00で終わるからこそ、こういう副業を計画的に対応出来るのも重要なファクターである。日本のエンジニアではこういう副業は対応できまいなあ。
posted by りもじろう at 03:05| Comment(1) | TrackBack(0) | カナダの生活

2008年04月10日

スデニコノ否塞ノ運ニ際ス

坂の上の雲では、日清戦争についてこうある。

「派閥抗争は老朽化した国家の特徴である。かれらは敵よりも味方のなかの他閥のほうをはるかに憎む」と、なげいた。
結果は、丁汝昌の心配どおりになった。日本の第二軍が上陸するや、清国陸軍はほとんど抵抗することなく砲台をすてて逃げた。

要するに日清戦争は、老朽しきった秩序(清国)と、新生したばかりの秩序(日本)とのあいだにおこなわれた大規模な実験というような性格をもっていた。

中略

「もとより一、二の君臣の罪ではない。制度がわるいのである。その従来墨守してきた清国の制度の幣こそこの主要原因である。たとえば、官吏を採用するにあたって、文章試験をおこない、文芸の士を官僚に採用する。それが階をすすめて政治をとるにいたる。その制度はすでに千年前のものであり、依然として千年後にもそれを墨守している。なるほど制度そのものからいえばこれはかならずしも善美でないとはいえない。たとえば清国が世界から孤立しているという状態におくならばである。しかし一国の孤立独往は、こんにちの世界情勢ではのぞむべくもない」
「三十年前」
と、伊東(祐亨)は維新前後をいう。
「わが日本帝国がいかに困難な境遇にあり、いかに危険な災厄をのがれ得たかということは閣下のよく存ぜられるところであろう。その当時の日本は、自分の独立をまったくする唯一の道は、一国の旧制をなげすててあたらしい秩序にきりかえる以外にないとおもい、それを唯一の要件とし、それを断行した。そのおかげでこんにちの状態を得た。貴国もこれをなさらねばならない。これを要件となされよ。もしそれをしなければ早晩滅亡をまぬがれぬであろう。」

池田信夫blogの「失われた10年」の誤った教訓にこうある。

本質的な問題は、戦時体制以来(あるいは明治以来)つづく官僚社会主義にあり、それはほとんど変わっていない。90年代は、その最大の危機だったが、大蔵省は100兆円以上の負担を国民に押しつけて旧体制を守りきった。

これを読んだときに、上記を思い出した次第である。
posted by りもじろう at 11:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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